乙女ゲームだけどRPGパートに力を入れ過ぎた結果
トラック転生
そう、今話題のトラテンをしてしまったようだ。と気づいたのは15歳の誕生日の朝、起きたら前世を思い出していた。別に猛烈な頭痛とか頭を打ったとか生死の境目を彷徨ったとかそういう訳もなく、朝起きたら前世を覚えてた。
死んだ時の痛みも殆ど覚えてない。前世は乙女ゲームだけでなくゲーム全般、漫画小説などを嗜むライトなオタク会社員だった。波瀾万丈的なエピソードもなく逆に申し訳ない。
今生の私はなんと乙女ゲームのヒロインになる予定の男爵令嬢である、が、悲劇のヒロイン的な、孤児などもなく庶子でもなく、普通の貧乏田舎男爵の父と隣の領地から嫁に来た元子爵令嬢の母、そして頼りないけど優しくて頭の良い弟という仲良し四人家族である。貧乏だけど。
ちなみに隣の祖父と祖母と伯父一家が住んでいる子爵家もうちと同じくらい貧乏だ。
そんな平和な生い立ちの私だが、突然前世を思い出し、さらにここが乙女ゲームだと気づいてしまった。だが、何もしないつもりだ。
乙女ゲームが始まる予定の王都の魔法学園に入学するためには莫大な学費が必要だ。貧乏男爵家にそんなお金はない。じゃあ乙女ゲームのヒロインはどうやって入学したのかというと謎なのだ。ゲーム内では男爵家の資金繰りは深堀りされなかったのでゲーム内ヒロインが入学した経緯が不明なのだ。
なので、私は学園に入学しない、と決めた。この国は幸いにも、貴族全員入学義務があるわけではない。
学費が用意できないし、2年後までに男爵家跡継ぎの弟が入学するための入学金と学費が必要になるためだ。2年で弟の学費を用立てなければならない。
流石に入学義務はないが、跡取りの弟がなんの学歴もないのはまずい。
前世で言うところ合計2500万くらいが入学金と3年間の学費、寮費、その他生活費が学生1人分必要になるらしい。
入学金500万円
学費3年間1500万円
寮費生活費3年分500万円
ざっとこんな感じ。
かなりのボッタクリであるが貴族ならそれくらい払えってことなのかも知れない。
ゲーム内のヒロインは何を考えていたんだ?跡継ぎ弟がその後入学する予定なのに学園で男探しと恋愛ゲームに興じている暇なんてなくね?
馬鹿なの?
学園でチャラチャラ恋愛してる場合ではない。
私は手っ取り早く金を稼ぐためどうすればよいか考え始めた。
まず前世知識チートはなしだ。
そもそもただの会社員だった私にはなんの専門知識もない。井戸のポンプとかの構造なんてしらんし。馬車のサスペンション、甜菜の栽培方法?馬鈴薯って生えてるの見たことないんだけど、北海道に沢山植えてあるんでしょ?
そもそもこの世界魔法や魔道具が万能だ。
井戸のポンプとか誰も使ってない、魔石や魔道具から簡単に水が出てくる、平民もそれくらいの魔道具は持ってるらしい。コンロもエアコンも冷蔵庫も魔道具。私の出番なし。
ただし、前世と違って一つだけ不便な事がある。
魔物だ。
魔法がある代わりに街や村の外は魔物だらけだ。
現に田舎貴族といえど男爵家があるこの街も魔物が入ってこれないよう高くて頑丈な壁に囲まれていて、まるで要塞だ。男爵家の領地内にある小さな村々も小規模の擁壁に守られているそうだ。そうでないとあっという間に魔物に蹂躙されてしまうそうだ。
だから冒険者という職業が発達している。
魔法や魔力をつかい魔物を討伐するお仕事だ。
命がけの仕事のため非常に報酬が高く、冒険者ランクの高い者は尊敬を集めて敬われている。
ランクの高い者、イコール魔物を屠った数である。
いくら屠っても魔物の数は減らない。
何故なら世界は魔素に満ちている、魔物は魔素の濃い場所から無限に湧いてくる。
そして魔素とは前世でいう空気の構成物質の一部であり、我々人族も魔素を取り込みそれを魔法という手段で行使している。
この世界の理である。
前世知識チートなし
宝くじなし
隠し財産なし
内政チートなし
貧乏男爵家令嬢の私が、大切な男爵家跡取りの弟のための学費を手っ取り早く稼ぐには冒険者になるしかない。
幸いと言って良いのか、前世を思い出した朝に、転生者特典なのか転生者チートが発動した。
何故分かったのかというと、異世界転生ものでお馴染みの「ステータスオープン」というセリフで発覚したのだ。
魔力チート
アイテムボックス
鑑定
これらがセットで私のステータスに付いていた。
これで勝つる。
ちょっとワクワクした。
まずは男爵家が家を構えるこの小さな街にある冒険者ギルドの小さな支店(といっても小さな街なので酒場のおばちゃんが冒険者ギルドの受付を兼任しているだけだが)で冒険者登録をする。
貧乏なだけあり、我が家には使用人は殆ど居ない。
通いのコックと家政婦さんが1人づついるだけだ。執事とか騎士とか見てみたかった。
なので、自分のことは基本自分で全部する、着替えも選択も自分。ドレスなんて着ない。あれはメイドとか侍女がいるお金持ちの家の令嬢が着る服だ。
家の出入りも誰も監視していない、何故なら田舎だから。田舎は周り中知り合いばかりなので護衛や騎士など必要ない。
知らない人が街に来たら即バレだし、街の人が男爵家に走って知らせに来るから。
そんな感じの緩い田舎の男爵家なので、朝食を食べ終わって、私の日課である洗濯掃除を終えたら、「ちょっと街に買い物に行ってきま〜す」と通いの家政婦さんに声をかけて出かけることも可能。
これが公爵令嬢とかだったら街に出ることも叶わなかっただろう。
男爵令嬢に転生してよかった。
早速街の中心部にある酒場兼宿屋のおばちゃんのところに行く。
昼間だからか酒場は閑散としていて、おばちゃん以外は誰もいない。
「おばちゃんこんにちは、元気?」
「あらあら御領主様のとこの令嬢だでねーか、今日はどうしたんかい?」
おばちゃんや街の人は微妙に日本の色んな地方の訛がごっちゃになっている喋り方をする。世界設定どうなってるんだ。
「あのね~今日から冒険者登録してお金稼ぎたいのよね。弟のね、学費のために」
「あんれま〜御令嬢がかい?御領主様んとこはそんなにお金だべないんか?」
「まぁふつうに領地のお金はあるし、赤字でもないんだけど、王都の魔法学園の学費が異様に高いだけだよ」
「あんれまあ」
おばちゃんは王都の学費が高いことに驚いたようだが、素直に私の冒険者登録をしてくれて、早速冒険者カードを手に入れた。
ちなみにカード発行料は前世価格で言うところの五万円もかかった。無くしたら再発行に同じだけかかるらしい。
登録料は凄く高いけど、その代わりこのカードには冒険者保険、年金、冒険者銀行口座も連動しており、依頼料から税金も自動的に納めてくれるなんか凄い便利なカードなのだ。
発行料は正直痛い。今まで貯めていたお小遣いが半分なくなった。
だか、冒険者レベルを上げていけば依頼料も上がるし元は取れるはずだ。いや、絶対にとる。
実はこの世界、乙女ゲームが基礎になっているが、一部バグがある事に前世の私は気づいていた。
乙女ゲームらしく、攻略対象がいて、学園に入学するとストーリーが展開するのだが、入学後ステータス上げのために冒険者登録ができ、王都近くのダンジョンに潜れたのだ。
攻略する際便利な魔道具などを買うためにダンジョンでお金を稼ぐ選択肢として存在しているらしい。
ただ、普通に乙女ゲームをプレイしてる分にはダンジョンに潜る必要はない。
魔道具などなくても攻略可能なのだ。
だから普通にプレイしていた一般的なプレイヤーはあまり知らないはずだ。
この世界の冒険者レベルにレベルキャップがないことに…
ひねくれ者の私は乙女ゲームそっちのけでダンジョン攻略プレイをひたすらやってみたことがあるため気付いたのだ。
何でただの乙女ゲームにダンジョンがあり、レベルキャップなどの制限をつけなかったのか…?スタッフ何考えてんだ?とは思ったが、今はありがたい。
酒場内の依頼票が貼り付けてある黒板みたいなところにいく。
一番低い冒険者レベルの私が受けられる依頼は「薬草採取」だ。
お決まりのやつ。
「常設依頼 薬草採取 20本 1000円」
やっす!?
こんなんで2年後に2500万円を貯められるの?
不安になる。
いや、そもそも異世界なのに日本円表記ってどうなの?雰囲気ぶち壊しじゃない?
世界観どうなってるの。
まぁ私には鑑定があるし、見つけ次第薬草は根こそぎ採取するわ。
常設依頼なので依頼票などもいらず、そのまま街の外へGOだ。
早速壁の外に出た。
貴族令嬢的には街の外には用がない限り基本出ない。
だから外に何があるかよく知らないのだ。
街の入り口は頑丈な扉が設置してあり、昼間は開けっ放しだが夜になると閉める。魔物が入ってくるからだ。
魔物は夜のほうが活発らしい。
昼間はこの辺の浅い森の中には魔物は出ないと聞いた。
だから若い駆け出し冒険者なんかは薬草採取でしょっちゅう森に出入りするそう。
というか薬草ってどんな見た目なの?
門を出て街道を少し進みそこから森に入る。
「鑑定」
と呟くと目の前に例の半透明ステータス画面が出てきて、周り中の草木や石などの名前が一気に表示された。
正直表示されている文字数が多すぎて訳が分からない。ソートしたい。
「薬草のみ表示」
画面から文字数が減った。
というか文字が、なくなった。
薬草がないからなのか、ソート失敗なのかわからない。
そのまま歩き回ってみたら森の奥に薬草という小さい文字が現れた。
なるほど距離が遠いとも文字も小さく見えるのか。
文字の方角に歩いていく。
木の根元にタンポポのてっぺんに大葉のような葉が生えた背の低い草があった。
「これが薬草かぁ」
どこの部分を取れば良いのだろうか?
「鑑定」
【鑑定結果: 薬草 低品質 少し乾いている 採取部位は上部の葉のみ 下部や根を採取すると枯れる】
なるほど。
上の大葉っぽい部分だけブチっと取りアイテムボックスに放り込んだ。
ちなみにアイテムボックスの使い方は半透明画面の右下にある四角い箱で出し入れ可能だ。
「よし!薬草ゲット!この調子で頑張るぞ」
森の中を2時間ほど探索し、薬草の葉を20枚採り街に帰る。
酒場のおばちゃんに意気揚揚と薬草の葉を見せる。
「あらあら、ご令嬢初日から頑張っただねか!初心者はなかなか薬草も見分けられなくて20本達成するのに結構手こずるんだべえ」
わははと笑っている。
なるほど、鑑定が無かったら見たこともない薬草なんて簡単に採取出来ないよね。
1000円貰って、ホクホク顔で帰宅。
この調子で2年後までに2500万円貯めて弟を魔法学園に入学させるのだ。
明日は別の依頼を受けよう。
これが後にS級冒険者として名を馳せる、大賢者の初仕事だとはまだ誰も知らないのだった。
乙女ゲームどこ行ったの?