第2話:女神エレンシア
「お前が俺をこんな異世界に飛ばしてきたのだろう。お前までこっちに来たのは自業自得だ」
まさか女神エレンシアまでこっちに来ているとは予想外だった。
しかも声だけで脳内に語り掛けてきているということは意識だけが飛ばされてきたのか?
(そんなわけありません!私は……私の魔法は完璧でした!こんなことになったのはあなたのせいです!)
エレンシアの怒りの声が脳内に響く。
(あなたが大人しく《次元開裂》で封印されていればよかったのに無駄なあがきをするから……)
「そうだったか?」
思い返してみると確かにそうだった。
エレンシアの《次元開裂》とそれを防ごうと放った禁呪がぶつかり合い、気が付けばこの世界にいたのだった。
(私がこんな異世界に飛ばされることになったのはあなたのせいです!しかも……なんでこんな姿に……私を……私を元に戻してください!)
「それはこっちの台詞だ。お前が空間をこじ開けるような真似をしたのがいけないのだろう。さっさと俺を元の世界に戻せ」
泣き言を続けるエレンシアをいなしながら両手を床に付けて逆立ちをする。
ゆっくりと右手を放し、それから小指、薬指、中指、親指と放していく。
今は左手の人差し指だけで逆立ちをしている。
「思った通りだ。人間の肉体は脆弱だが魔力で強化させることができるな。現状でも10倍程度には高められそうだ」
この森田 衛人の肉体は身長170cm体重50kg、この年齢の平均としてはやや痩せているらしい。
筋量が足りていないということだがそれは強化魔法で補うことができそうだ。
今度は左手1本で飛び上がると天井に付けられた電灯用のレールに足の指で掴まり、そのままの体勢で上体を起こす。
いわゆる腹筋という行動だ。
(あなたを元の世界に戻す?そんなことができるわけありますか!あなたは世界を恐怖に突き落とした魔王なのですよ!我が身可愛さにあなたを戻すなど誰ができますか!)
「というかやりたくてもできないのだろう?見たところ今のお前は意識だけの存在だ。俺のように肉体を持たない以上魔法も使えないのだろう」
(んぐ……)
エレンシアが言葉を詰まらせる。
どうやら図星らしい。
どれだけ世界に魔素があっても体内で魔力に変えなくては魔法を使うことはできない。
それは魔族以上に超常の存在である女神でも同じだ。
(そ、そんなことよりあなたは何をしているのですか?)
「これか?せっかくこの世界で肉体を得たのだから自分の身体を確かめているところだ。しばらくこれを使うことになるのだから性能を確かめておかな……」
「な、何をしてるんですか!」
金属が落下する音と叫び声に振り返ると青い顔をした看護師が立っていた。
足元にバインダーと金属のトレイが散らばっている。
「何って、身体のチェックだが?」
「は、早く降りてください!危ないですから!」
「そうなのか?今の俺にはこのくらい幾らでも続けられるのだが」
とはいえこの世界のことはまだよくわかっていないからここは大人しく従った方が良いのだろう。
足を放すと同時に空中で一回転して床に舞い降りると俺は大人しくベッドに戻った。
「俺はこの通り健康体だ。早くここから出してくれ」
「だ、駄目です。お医者さんの許可が下りないと退院はできません」
看護師は震えながら俺の腕に機械を巻きつけて何かをチェックすると逃げるように去っていった。
どうやらあれは血圧というものを測る道具らしい。
この世界ではああいう道具を使わなければ病を治すこともできないのか。
「まったく……面倒だが今は目立たないようにした方が良いか」
俺はベッドに寝転ぶと枕もとの机の上にあったスマホを取り上げた。
使い方は衛人の記憶が教えてくれる。
スマホをいじっていると再びエレンシアの声が響いてきた。
(それで……魔王バルザファル、あなたはこの世界で何をするつもりなのですか)
「なんだまだいたのか」
(まだいたのかじゃありません!離れられないんです!何故か私とあなたの魂が結びついてるようなんです!)
「本当なのか?勘弁してくれ……」
それは今日一番聞きたくなかったニュースだった。
なんで仇敵である女神を脳内に飼わなければいけないんだ。
エレンシアの《次元開裂》に対抗するために俺が使ったのは魂を暴走させて破壊力へと変換させる魂魄過動だった。
ひょっとすると2つの魔法が反応し合ってこの事態が起きたのだろうか。
ともあれ頭の中でやかましく騒ぎ立てる以外のことができないのであれば女神であっても脅威ではなくなった。
なのでエレンシアのことは無視して今後のことを考えることにしよう。
(あなたが禁呪なんて使うからこんなことに……何をしているのですか?)
恨み言を続けようとしていたエレンシアが俺が使うスマホに興味を示したようだ。
「これか?これはスマホと言って……言ってみれば一種の魔道具だな。これがあれば遠方の相手にメッセージを送ることができる」
(本当ですか?この世界にそんな凄いものがあるのですか!)
正確に言えばそれ以上のこともできるのだが敢えてエレンシアに教える必要もないだろう。
(この世界にそんな魔法技術があるのならわたしを元の世界に戻す方法もありそうですね!これは希望が見えてきました!)
「そうだな、きっと戻れると思うぞ」
はしゃぐエレンシアに生返事をしながら俺の意識はスマホに表示されたメッセージに向かっていた。
>おい、モブ田。てめえまだ生きてんのかよ
>てめえ、俺らのことを言ったら今度こそぶっ殺してやっからな!
>さっさと死ねよ、ゴミ
>てめえのせいで迷惑してんだよ!さっさと迷惑料持ってこねえと家に火つけるからな
グループチャットと呼ばれる画面に延々と侮蔑と脅迫の言葉が続いている。
どうやら森田 衛人はこのグループチャットに参加しているメンバーから苛めと恐喝を受けていたようだ。
(そんなに素晴らしい魔法技術を持った世界なら危険も少ないでしょうね!野蛮な世界じゃなくて一安心です)
「ああそうだな。きっとここは素敵な世界だぞ」
無邪気に喜ぶエレンシアの声を聴きながら俺の顔には笑みが浮かんでいた。
どうやらここは俺向きの世界らしい。
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