自殺部隊
さっきの電話の声は、オレが知る小生意気な人間娘に似た感じがしないわけでもなかったけれど、あんまりにもクスコが感情的になって落ち込むものだから、オレまで影響されてしまって死んだ娘を想起してしまったのだろう。
メグは死んだ。それを子宮から産み落とした無責任な母親によって、爆弾の信管と信管を赤い線で繋ぎ合わせられ、片方が欠けても爆発して死ぬという奇妙な関係で成り立っていた親子なのである。
この宇宙は、たかが六歳の子供が生きていくには広すぎる。
ただ、その計算だとメグが消えてオレも死んでいないとつじつまが合わないし、やはり、これはどうもおかしいということになってしまう。
遅かれ早かれ、メグは残酷な宇宙の摂理に飲まれて死ぬことになるが、何も喰わなくたって最低でも二、三日ぐらいは生きている。
幼いころ、戦士になるためとか言われて母親の手で妹と一緒に捨てられ、何年も二人だけで乾いた平原やジャングルの奥底で暮らしたオレが言うのだから、まず間違いはない。
あまりにもオレが特別な存在だったというのもあるけれど、才能だけで腹は膨れないし、渇きから逃れることもできない。それが最も必要とされる瞬間に適切な形で実現する。そうして肉と水を手に入れ、病弱の妹を看病しながら交尾することができるのだ。
要するに、オレにはそういう才能を使いこなす才能があった。
「おい、起きろ起きろ起きろ」
封鎖された殺風景な病室ですることなんて交尾ぐらいしかないから、オレは世の中が午後五時を超えた就業時間外だというのを壁の時計で証明してクスコの心のカギを解き、いつものように布団をかぶってせっせと生殖に励んでいたと思ったのだが。
いつの間にか、オレとクスコは股ぐらが結合したまま布団ごと大広間に放置され、辺りには百人近い見知らぬ他人と、警備局ではない宇宙軍士官と思われる人間の男が金属の鍋を起床のラッパ代わりにして景気良く叩いていた。
オレの頭の上の獣耳はぴくぴくとして元気に聞いていたが、肝心の鼻づらや身体は痛くて眠くて重たいかぎりの瀕死ぶりだ。オレの毛深い腕の中で眠るクスコなんかは、この騒がしい運動会にも関わらず、すうすうと吐息を立てて眠りこけている有様である。
これだけ人が多ければ、毛玉と人間娘が一匹ずつ寝ていても誰も気が付かないだろうし、オレは無理して起き上がることもせず、こっそり交尾を続けながら聞き耳だけ立てていた。
「こんばんは諸君、そしておめでとう。キミたちは母星から追放され、この星系中で第二の人生を掴むこともできなかったクズ中のクズ。我々がこうして解放しなければ、シャーベット警備局の留置場で死ぬまで朽ち果てるか、母星に送り返されて処刑されていただろう」
ずいぶんな言い草だけれど、母星が植民星に向ける感情とはこういうものだ。
そこの壇上の上からマイクと拡声器を併用して偉そうに喋る男の襟と肩口、金きらに光る階級章こそ大佐だったが、まるで高校を卒業したてのヒゲも生えていない若者である。
母星の軍大学で良い成績を修めて戦時中にとんとん拍子で出世し、いざ前線に赴くかといったところで運良く終戦を迎えたのだろう。
ああいうプライドだけの青二才、穢れを知らぬ心と身体の子供なんてのは、オレの故郷の野蛮なメス毛玉どもが喜んで飛びつく種類の奴隷だ。捕虜になる前に戦争が終わって幸運なかぎりである。
床屋で前髪を整え、背広を着て学校の成績表を持っていけば、弁護士か証券会社の職員として安定した給料をもらえるに違いない。
戦後も軍隊に残ったのは結構なことだけれど、戦士としての才能がないからこそ、正規軍で中途半端な将校なんかを続けているのもかもしれなかった。
「我々、人類連合軍はキミたちに三度目のチャンスを与える用意がある。任務を遂行し、生きて帰還した暁には、これまでの罪を不問として賞金も贈与する」
そう言われて喜ぶヤツは喜んだが、それなりに長く生きていれば、そんな美味い話はオレが身を固めて人並みの家庭を築くことぐらいあり得ない。
オレが戦争中、エルフの科学の粋を集めた巨大なロボットに生身で突撃する自殺部隊に勧誘されたときも将軍から同じようなことを言われた。
だが、千人いた部隊がオレだけを残して全滅してロボットを討ち果たしても、無罪放免も百億万クレジットも何ももらえない。そういうものなのである。
「任務はひとつ。このキルゾーン宙域で新たに見つかった古代文明の遺跡を攻略し、その最奥に隠された最も価値の高い遺物を持ち帰ることだ」
何もかもオレの思った通り。どうせ、ろくな仕事ではないのだ。
その後も続いた話を聞くかぎり、別に強制というわけでもなさそうだし、オレは人知れず交尾を終えて裸のクスコを布団で巻いて抱えながら、そっと立ち去ることにした。