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メグの夢

 とにもかくにもオレが悪いということで気持ちの整理がついたらしいクスコは、散々に説教したあとでオレとメグの身柄を釈放してくれた。取り調べ室に連れていかれて拷問される前に洗いざらいオレの知るかぎりの事実を喋っておいたから、しばらくは、その情報の精査に追われて他のことは忘れてくれる。


 だが、オレの船は相変わらず警備局の管理に置かれて返ってこないし、メグの学費やら保険の支払いもあり、母星の都市部並みに開発されたシャーベットの街をぶらぶらしながら時間を潰していた。


「何してんだ、お前」


「学校」


 そのうち、歩くのにも飽きてベンチに猫背をもたれ、とぐろを巻いたイヌの糞みたいな形のバニラアイスで鼻づらを汚していると、メグは肌身離さず持ち歩いている子供用の端末を開いて授業に出席していた。


 全く便利な世の中になったものだ。わざわざ、学校に行って半獣と罵られて石を投げつけられなくても、超容量の高速通信のおかげで離れていても出席できる。


 この首都星の周囲なら恒星間のネットワークも安定しているから、親の都合で宇宙船に閉じ込められている子供でも授業に出て成績を修め、学位を取って卒業も可能なのだ。


 そういうわけで、仮にも父親のオレを露骨に見下しているメグだから、さぞ優等生を騙っていると思われがちなのだが。こっそりハンバーガーセットを脇に置いて喰いながら勉強しているのを見て、この小さな人間の種親は正真正銘にオレなのだと思い知らされた。


「お前、将来の夢とかあんの?」


「いっぱい勉強して良い大学に入って偉い人になる。それから、ママを探すの」


「ああそう。どうせ、もう死んでるぞ」


 オレはそう言ってアイスのコーンまでぱくりと一飲みして、もしゃもしゃと硬質な噛みごたえを味わいながら話を続けた。


「それより、葬儀屋か解体業者にでもなれよ。前の戦争じゃえらい儲けたって話だぜ。バカ正直に勉強しなくたって中卒でもなれるし、戦争になっても徴兵免除の対象だからな。安全な母星で日がな一日、エアコンの効いた部屋で電話を待ちながら、自分の子供や旦那を死なせた未亡人におあいそ言って慰めてセックスするだけの簡単な仕事だってよ」


「むう・・・」


 せっかくオレがオトナの目線で助言してやったというのに、メグは両の頬っぺたを膨らませて不機嫌になった。


 苦労して大学まで行ったところで学費の支払いは死ぬまで続くし、この銀河は均衡した勢力間による火薬庫のような状態だ。ほんの少し火花が散れば、あっという間に連鎖爆発して何もかも戦争に飲み込まれてしまうのだ。


 いまでも領土や遺物を巡る小競り合いは水面下で続いており、この平和だってそう長くは続かないだろう。こういう時代にあっては、学歴重視の意味のない事務仕事より、安全な距離から戦争に介入して手っ取り早く利益を得る仕事の方が望ましい。


 そんな当たり前のことを子供は、子供であるが故に理解できないのだった。


「あら、可愛い子ねえ」


 それは、全くもって反射的な反応に過ぎなかったが、まるで恐ろしいものに不意打ちを喰らわされたような気がして冷たい汗をかかされた。


 そこのメグも一緒になって振り返ると、いつぞやの黒ずくめの女が後ろのベンチに座り、オレたちと同じようにハンバーガーを喰っていた。ウソか本当かは知らないけれど、遺物を持ち逃げして銀河中のお尋ね者になっているという件の抜け駆け犯である。


 まあ、こんなところでのんきに飯なんか喰っている時点で別人だとは思うが、オレたちは星の導きに従って肉体関係を持ったわけだし、ワケアリ女を密航させたというささやかな秘密を共有している間柄なのだ。


 テロリストを匿ったり遺物のネコババなんてのは、その場で射殺される重罪だが。密航の手引きというのも立派な犯罪である。良くて警備局からの認定および営業資格の取り消し、それ以外ならば、本物の犯罪者どもと同じ牢屋に入れられてしまう。


 クスコが言うには、黒ずくめと交尾するほど接近できたのはオレだけらしいから、事件の捜査に協力するということで密航のほか、スプリンクラーの故障や諸々のちゃちな違反を帳消しにされているのだ。


 ここは一言、がつんと釘を刺しておきたかった。


「ねえ」


 うっかり物思いにふけっていた隙に、その黒ずくめの人間娘は、気配すら感じさせずにオレの隣に移動していた。これも遺物の力なのかは知らないが、オレのような毛玉の五感さえ騙し通せるのだから大したものだ。あちこちの政府が欲しがるのも当然だろう。


 しかし、この黒ずくめの女からは殺意というか、遺物をくすねて銀行強盗やテロを企んでいるような悪意が感じられない。


 少なくとも、さっきまで警備局のブタ箱で見かけた薄汚い犯罪者よりは、よっぽど清潔で知的で洗練された年頃の娼婦であった。


「いま、時間ある?」


「おう。誰かさんのおかげで時間だけは山ほどな」


 オレが本人に向けて皮肉交じりにそう言うと、黒ずくめの女は穢れたオトナの事情なんかお構いなしに、ぱあっと純粋な笑顔になってオレの手の肉球を両手で握った。


「じゃあ、交尾しましょ。あたし、あなたの『それ』がすごい気に入っちゃったみたい」


「褒めたってこれ以上はデカくならねえぞ。ここでするか」


「いいわねえ、それ」


 結局、メスというのは例外なく交尾と男根が好きなのだ。


 これまで銀河系規模の戦争が数えきれないほど繰り広げられてきたが、それでも文明が滅びるどころか、指数関数的に発展してこられたのは、不毛な憎しみが肉欲に昇華されて種族を問わず子供を作ろうとする文化が銀河に根付いているからである。


 オレは宇宙に進出した知的生命体のひとりとして当たり前の権利を行使し、銀河の繁栄に微力を尽くそうと、この黒ずくめの女と合意に達しただけなのだが。


 気が付けば、オレは隊長のクスコをはじめとした悪徳警官どもに取り囲まれ、腰のホルスターから引き抜かれた銃を向けられて手を上げるしかなかった。


「監視してたのかよ」


「当然だ。だが、今回はメグのお手柄だな。貴様らがどこに隠れようと、一時も離れずに見張っているのがメグなのだから。音声データも録音済みだ」


「あーあ。可愛くねえガキだなあ」


「黙れ。貴様には黙秘権がある。証言は法廷で不利に扱われる可能性があるが、五体満足で帰りたかったら、この黒ずくめとの関係を正直に白状するのだな」


 そんなものは警備局で吐き出して何も残っていない。それはクスコも承知しているはずなのだが。やはり、オレが黒ずくめの女と肉体関係を持ったことを個人的に怒っているに違いないのだった。

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