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抜け駆け犯

「逮捕する」


 そう言うクスコの顔は本気だった。オレには分かる。この前に会ったとき、オレの子種で懐妊してしまったと伝えてきた直後、目の前で胃袋の中身を派手に吐き出したときと同じ目をしているからだ。


 つわりはまだ続いているらしいし、そういう時期の女はとにかく不安定である。メグの母親だって例外ではなかった。肉欲に身を任せて案の定に孕み、子宮の中がぐちゃぐちゃと虫のサナギの中身みたくゴタついている女のキレ具合は尋常ではない。


 せっかく軌道に乗ってきた退役後の余生だというのに、こんなつまらないことで逮捕されて仕事がなくなるのは御免こうむる。


 船の旅も相当に退屈だけれど、戦争で死ぬために働くより生き残れる可能性があるし、働くも働かないも自分で決められるのだ。なかなかに救いのある仕事であろう。


 オレは男より巨大で凶暴な故郷の女毛玉どもを思い出し、もしも実刑でも喰らったら、母星に送り返されて朝から晩まで子作りという肉体労働を課せられる。毛皮臭い女どもの筋骨隆々な腕に抱かれて胸から腹まで並んでいる膨張した複乳に鼻づらを埋めながら、死ぬまで玉袋を搾られるのが獣人社会における極刑なのだ。


 男と見れば気が済むまで殴りつけて輪姦しようとするメスと対峙するように、手の肉球をこすり合わせて猫背をさらに丸め、下手のかぎりを尽くした。


「まあまあ、まあまあまあ」


 クスコのような外回りの公務員が船長のオレより安月給なくせに、聞き分けの悪い子供と同じぐらい傲慢でプライドが高いのは知っている。一クレジットにもならない誇りだの名誉だので喰えない生活を送っているのは、頭でっかちの耳長エルフの方が先輩だろうが、どっちもこれ以上ないくらいに面倒臭い生き物だ。


 それでも、このクスコという人間娘の場合は、獣人と違って弱々しい小さな肩や細い腰を肉球で触って適当におだてておけば、安産型の尻と同じぐらい心も柔らかくなる。


 そうしてオレがクスコの下僕となっているのをメグは子供ながらに、じーっと興味深そうに見つめ、ばりばりと袋を持って菓子を喰っていた。


「子供が見てる前で親を逮捕するのかよ」


「当然だろう。貴様は法を破った。犯罪者の隠匿、共謀、虚偽の証言。ざっと見積もっても禁錮十年はかたい。それに、今回は事が大きすぎて一隊長のわたしには裁量がないのだ。この事件の捜査は、銀河捜査局が直接に指揮を執っている」


「ふうん。そんなにひどいことしたのか。というより、やっぱり何も映ってないけど、オレが他の女と寝たことを怒ってるわけ?」


「貴様が誰と浮名を流そうが、どうでもいい。貴様は姉さんの男だ。わたしは姉さんが出ている間、メグの世話と、姉さんの代わりに貴様と子供を作るよう言われただけだ。恋人でも夫婦でもない。貴様の好きにしろ」


「いやはや。子供ねえ」


 オレはそう言ってメグから菓子を取り上げて鼻づらに放り込んだが、じろっとして睨んできたのはクスコの方だった。いくら血の繋がった姪とはいえ、そんな風に過保護にするから友達もできない社会不適合者になってしまうのだ。


 オレが悪びれもせずに鼻づらを鳴らしていると、見かねたクスコは新しい菓子の袋を引き出しから取り出してメグに手渡した。


「わたしの一族は、人が宇宙に飛び出す前から続いてきた古い家柄なのだ。高名な軍人を数えきれないほど輩出している。あの戦争で我が一族も大勢を失い、生き延びたのは英雄の姉さんと、当時まだ士官候補生だったわたしだけ。姉さんが消息を絶った以上、わたしが子供を産んで一族の未来を確固たるものにするのが義務だ」


「とかなんとか言って、あの不細工な許婚と子作りするのが嫌だっただけだろ」


「いや、決してそういうわけではない。貴様は姉さんが選んだ種親だし、戦争ではずいぶんと活躍したのだろう。それに、母親はあの悪名高い軍閥の長。あのまま国に戻っていれば、評議員の席も約束されてゆくゆくは後釜に・・・」


「ババアの話はどうでもいい。オレは故郷には戻らねえんだ」


 どいつもこいつもオレの鼻づらを見れば、お袋を引き合いに出す。オレを股ぐらから産み落としたというだけで母親面する守旧派の戦争犯罪者なんか、いまは関係ないのだ。


 オレは母親の話を打ち切り、自分のひとり交尾が写っている件の写真を手に取って強引に話を続けた。


「で、これが何の証拠になるってんだよ」


「見ての通りだ。犯人の黒づくめは生身の肉眼では捉えられても、カメラやセンサーのような機械には微塵も映らない。エルフの科学者でさえ、これほどの技術は作れないだろう。つまりは、抜け駆けの現行犯ということだ」


「抜け駆け?」


「本来、発掘された遺物は然るべき機関に送られて政府のものになる。こいつは、欲に目がくらんで遺物を不法に所持しているだけでなく、実際に使用して良からぬことを企んでいるに違いないのだ。これがどれだけ危険なことか分かるか」


 はっきり言ってオレには遺物なんか何の意味もないけれど、クスコが真剣にそう言うのならそうなのだろう。


 たかが人間がひとり、カメラに映らない幽霊になったところで銀河が終わるわけじゃあるまいし、オレはうんうんと分かったフリをしながら、きょうのクスコの下着は黒の薄布と予想してズボンの中に手を突っ込んだ。

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