父親譲り【完】
あれから少し経つが、オレは平凡で退屈ながら心の落ち着けた日常に復帰することは未だ許されず、これからも元の生活に戻れる保証はどこにもなかった。
この銀河に埋もれた秘密の歴史。オレはあまりにも多くのそれらに触れてしまい、知りすぎてしまったのだ。
まあ、古代文明の遺物とオレの玉袋が目当ての後ろ暗い性悪女どもに取りつかれて毛玉姿を呪われているわけだから、まだ五体満足で生きているだけでも大したもの。
かつて銀河の四勢力の戦場となり、砲弾の飛び交うキルゾーンとされた空白地帯の開発を積極的に推し進めた政府の計画など知ったことではないが、この船で宇宙を行くオレ以下、その他大勢がお尋ね者とされているのは間違いなくそういう理由だろう。
何度でも言うけれど、オレは遺物には何の興味はないのだ。
だが、オレ以外の連中はそうではない。遺物は現在の水準よりもはるかに高度で先進的なテクノロジーを秘めており、それがもたらす利益は計り知れない。
もし、次の戦争が起きたときは戦艦の数ではなく、より多くの遺物を獲得した勢力が勝利を収めることになる。
それぐらいのことはオレでも分かるのだった。
「で、お前らはなんでまだ乗ってるんだよ」
「いやはや。他の人はともかく、ボクなんかはただの科学者だよ。こんな大々的に指名手配されて、か弱いエルフがひとりでやってけると思う? キミも男なら責任を取ってよ」
「オレだって被害者だぞ。どっかの人殺しがエルフの戦艦の動力炉を爆発させて、遺跡も破壊したせいでテロリスト扱いされてるんだ。その肝心の殺し屋は、いつの間にか跡形もなく消えて逃げちまったし、裁判所も誰でもいいから処刑したがってるんだろ」
「そうとも。キミの奥さんのせいさ。あの人、ステーションでボクが降りるときにいきなり殴りつけてきて、気が付いたら船の中はサキュバスでいっぱい。大遺跡も自壊して、ママの乗ってた戦艦も吹き飛んだらしいし、おいしいところを全て見逃したんだよ」
「母親のこと気になるか」
「全然。ボクはあの人のこと嫌いだもの。それに、研究の名の下に罪のない大勢を犠牲にして自分だけ逃げるってのは、これまで何回もやってるよ。おかげで、ボクまで遺族から憎まれちゃって、どっちみち故郷じゃ暮らしにくかったんだ」
「ふうん」
オレが意外とアンネと気が合いそうなのは、仕事と結婚した社会病質の母親の子宮から産み落とされ、生まれてからずっと何かにつけて尻拭いをさせられてきた。
そういう共通の子供時代を送ってきたからかもしれない。
いつだって子供は母親というバケモノに凌辱され、怯えて生きているのだ。
今回は、グルカというオレの古い愛人にしてメグの母親。またしても母親の肩書きを持つ存在が暴れまわった後の後始末をさせられている。
グルカが全ての元凶とまで言えるかどうかは不明だけれど、あの人間娘は元から銀河を股にかけた賞金首も同然だったし、遺跡からサキュバスの大群と一緒に回収した遺物をいくつか持ち出して完全に姿を消してしまった。
つまりは、グルカが一番の得をして逃げたわけだから、あいつの勝ちに等しい。
それに、生きてるか死んでるかも分からない妹に化けてオレを誘惑し、たっぷりと子種を受け取って二人目の子供も孕んでいった。
まんまとしてやられたのだ。
ただ、グルカと出会ってからというもの、あの女の行動パターンはほぼ一定しており、また何か欲しいものが出たら気まぐれなメスネコみたいに湧いて出る。
オレという種親はもちろん、自分が産んで捨てたメグのことさえ眼中にはない。
自分の都合で出たり消えたり、お化けでいるのがグルカという女だった。
「それより、もう食べるもの何もないから、次のステーションで買ってきてよ。マリアの子供が食べ物からネズミまで何でも食べちゃうからさ」
「この前、コロニーひとつ喰わせる分の喰い物を買ったばかりだろ。だいたい、バケモノは玉袋しか喰わないんじゃなかったのか」
「詳しい生態は調査中だよ。生きたサキュバスと遭遇したのは、ボクたちが初めてかもしれないんだから」
そう言うアンネはオレの方に向き返ることもせず、回収した遺物を熱心に虫メガネで調べ上げている。
それが専門なのもあって遺物の取り扱いはアンネに全権を委任しているが、科学者というのは本当に都合の良い言葉であり、考古学のほか科学にも通じ、この船の中で大学を卒業したのが自分だけという事実をひけらかして小うるさい姑のようになっていた。
実際、オレもそう言う小難しいことは苦手だから、短慮で感情的な毛玉らしく卑屈になって自分の部屋で丸まってしまう。
そうして船長室で不貞寝を決め込んでいても、この船には何万匹もサキュバスを貨物として詰め込んでいるわけだから、ありとあらゆるところに肉感的な女の姿をしたバケモノが徘徊してオレの玉袋を目で追ってくる。
一番下の積載スペースは重戦車を百両ぐらい載せておける余裕があるが、それでも物理的に厳しいだけでなく、一応は動物だから勝手に動き回ってしまい、女王であるマリアの言うことを平然と無視する個体も多い。
そういうわけで、どこにいてもバケモノに見張られて落ち着かないし、充電が切れて腹を空かせたサキュバスに猫背から喰われないと常に心配させられる。
だから、エルフらしく偉そうに言うアンネの説教をもろに喰らいながらも、この船の中では決してひとりになってはいけないのだ。
「ごめんなさいね。うちの子たち成長期みたいで」
一難去ってまた一難とはよく言ったものだけれど、嵐のように去って消えたグルカとは別にオレの玉袋の脅威となっているマリアが後ろから現れてそう言った。
「困るよ。他人の子供を喰わせるのは、あの人間のガキひとりで十分だっての。オレはそこまで甲斐性のある毛玉でもないし」
「そうねえ。でも、銀河のお尋ね者になっても、けっこううまくやってるじゃない。甲斐性はなくても男気はあるんじゃないかしら」
「まー、テロリストらしく、今度は客の代わりに盗品の放射性物質を運ぶようになって稼ぎが増えたからな。犯罪者って意外と儲かるのかも」
「核爆弾を作るお手伝いもいいけど、そっちの遺物をひとつでも売れば、あたしの子供も含めて遊んで暮らせるわよ。きっと」
マリアがそう言うと、当然、アンネは不機嫌になって睨みつけた。
「だから、それを言うならサキュバスを口減らしに売り払えばいいんだよ。こんなに大量にいても意味ないし、十人ぐらい残して冷凍するか、さもなきゃそこらの研究所に寄付して解剖してもらった方が文明の役に立つ」
「あら。あなた、それでも本当に専門家なの? サキュバスはエルフみたいな独りよがりの孤独な種族じゃない。子供が女王から引き離されれば、他の星にいた個体みたいに凶暴化して手が付けられなくなる。あの遺跡は千年前まであたしが封印されていた場所で、この子たちはあたしの子供。これからはみんなずっと一緒よ」
「じゃあ、なおさら自分たちで食い扶持を稼がせるべきだよ。母親でしょ」
「あなたみたいな未熟な文明人にとっては、遺物だの大層な代物なんでしょうけど、それも全部あたしのものでしょ。あたしには見慣れたものばかりで価値がないし、それこそ売るしかないガラクタよ。価値が高いのもいまだけのことだし」
という具合に、知能指数が高い者同士の他愛もない口論が始まってしまった。
殺し合わないだけマシなのだろうが、それでも最近はあれやこれやと女が集まって髪の引っ張り合いになることが多く、種族間の戦争が船の中にまで持ち込まれた形である。
これこそ本当にどうでもいい。
かといって、うんざりするのでオレは遺物が収められた格納庫を後にし、狭い通路からブリッジまでバケモノで埋め尽くされた道を急ぎながら、もうひとりの人間を探してメグが閉じこもる部屋までやってきた。
とにかく、この際は誰でもいい。女子供や孤独死寸前の年寄りみたいに寂しいとか、股ぐらがムズムズするとか、そういうわけではないのだが。
この船で唯一の男であるオレがひとりでいると、サキュバスの思考的には、逆に誘惑していることになってしまうらしい。
別に、メグのことは娘であるとも自分が父親だとも思いたくないが、事ここに及んでは、とても贅沢を言っていられる状況ではなかった。
「パパ?」
迫るオレのニオイを獣人の血が感じ取ったのか、メグはお気に入りの端末をベッドにおいて顔を上げた。
もう言うまでもないが、メグの部屋の中にもサキュバスが十匹前後はおり、ソファでくつろいだり棚の上で毛づくろいしたりとネコ同然でいる。
姿形は年頃の人間娘だけれど、脳ミソの構造は生まれた後の時間に比例して五才ぐらいだというのがアンネの分析だ。
間違ってメグを喰い殺すのならそれでもいいが、何匹も一緒にベッドで添い寝までして完全に溶け込んでいるし、メグ自身もサキュバスを人の形をした動物だと思っている。
これまで何年も船に乗っていて二人では広すぎると思っていたから、客船に改装された姉妹艦もある通り、何万人もとい何万匹の客が乗り合わせて少し狭いくらいがちょうどいいのかもしれない。
客室に改装したのは予算の関係もあって二十人分だったが、あとは貨物を入れる場所として使用しているわけでスペース自体は膨大に存在する。
そう考えると、歳相応に孤独を募らせて親の気を引こうとうっとおしいメグの相手をサキュバスが担うわけだから、これはこれで共存が成立していた。
「ママは?」
「何度も言わせんな。もう死んでる」
「ふーん」
故意に素っ気なくしておいて何だけれど、もう少しメグも抵抗するかと思ったが、自分の母親が挨拶もなしにまた消えたことをあっさりと受け入れた。
もう何度も同じやり取りを繰り返した気がするが、メグは幼い腹の底で本当は何を考えているのだろうと少し不安にさせられる。
心が冷たいのは、まさに見てくれからして母親の血が濃いのだろう。
おそらくは、目の前でオレが惨めに死んでも涙のひとつも流しやしないのだ。
母親に恵まれなかったのはメグも同じ。頭の上の獣耳とシッポ、それ以外にオレ譲りのものがあるとすれば、それぐらいしか思いつかなかった。




