始まりの終わり
いまさら言うのも何なのだが。
オレという毛深い身の上の股ぐらに秘められたカギを使い、無事に大遺跡の扉を開くことができたのだから、あとの面倒な調査なりバケモノ退治は軍隊の仕事だろう。
特に、さっきから何者かの気配を感じる危険な状況においては、なおのこと適切な軍事的介入が必要だと思われた。
「むう・・・」
だが、それよりも深刻な問題がオレの目の前で発生したかもしれない。
さっきまで腹違いの兄妹みたいに、おててを繋いで歩いていたエルフ娘のアンネに別の女の面影が見えてしまったのである。
こんな何が出るとも知れぬ、あるいは分かりきっているバケモノ遺跡に臆することなく軽やかな足取りを保ち、かつて誰も踏み入れたことのない空間を知り尽くしているかのような動きでオレを先制していた。
ただの科学オタクにしては肝が据わりすぎているし、ただの兵士にしても知りすぎている気がするのだ。
これが特命を帯びた殺し屋なら何もかも合点がいくと思ってしまったのが運の尽き。
そのエルフの細い背中、机にかじりついて毛玉みたいに丸くなった猫背をじーっとして見めていると、前を歩いていたアンネが堪らずに振り返った。
「やはり分かるか」
そう言ってオレと向き合ったアンネはすでにアンネではなく、ついこの間、まんまと子供騙しに引っかけられて見誤った人間娘の顔をしていた。
すなわち、グルカという女である。
といっても、エルフの顔がいきなり人間になったというわけではない。
オレというオスを認識した途端、にちゃあっとして肉食獣のそれと成り果て、いかにも無害で愛らしかったアンネとは完全に違う別の人格が現れたのだ。
こうして見ると、エルフのげっそりとしているはずの腹も気のせいか膨れている。
宇宙服に着替えたり、トイレのときも欠かさず白い肌が露出するのを見ていたけれど、ただの栄養失調によるボテ腹だと思い込んでいた。
しかし、実際のところ、それはグルカが妹どころかエルフにまで変態してオレの玉袋を付け狙っていたのだ。
「お前、グルカだろ。本物のエルフ娘はどこだ」
「わたしじゃ不満だというのか」
「お前はお袋に似てるから嫌いなんだよ」
オレがそう言うと、グルカは相変わらずの調子で都合の悪いことは無視し、こっちまで来てオレの手を握って奥へ連れていった。
長い通路を抜けた先にある突き当たりの部屋は、一際に大きな間取りとなっており、何かしら意味のある場所に違いない。
ここでもグルカは全てを見知った様子であちこちを弄りまわすと、部屋の中央にある円形の台が割れ、中から煙を吹き出して人ひとり分の大きさをした長方形の物体が現れた。
ぱっと見は棺のようだけれど、前面はガラス張りになっていて中身は空っぽの厚い試験管のようでもある。
まさか、こんな得体の知れないモノの中に入れと言い出すのではと恐れたが、さすがのグルカもそこまで非情なわけではないようだった。
「これは古代文明の冷凍装置。かつての銀河が滅びたとき、古代人は遺跡を建造して大事なものを保管した。その当時の高度なテクノロジーは遺物として知られ、この装置は生きた存在を冷凍して未来まで保護するためのものだ」
「生きた存在?」
「女王の血を分けた特別な存在だ。そいつらは、そこらの雑多なバケモノと違って確立された自我を持ち、高い知能と不思議な力で子供を率いていたらしい。つまりは、サキュバスに滅ぼされた古代文明というのは、サキュバスが自ら築いた文明そのものだ」
かなり大事なことを言ってくれているような気がするけれど、ただひとり、それを目の前で聞いているオレとしてはグルカの裸体が気になって仕方がない。
いったい、どんな科学かは知らないが、エルフに化けていた変身が解けて人間の身体に戻ったグルカは身の丈が合わないインナースーツを脱ぎ捨て、黒ずんだ母乳の胸とボテ腹を惜しげもなく晒して振る舞っている。
こっちも似たようなものだから、できることは少ないが、うっかりグルカの身体にメスを感じて発情して困るのは他でもないオレなのだ。
ひとまず、オレのシッポのあたりに付いている雑嚢から予備のスーツを取り出し、それを着せたらボテ腹もあってうまくグルカの肌に吸いついている。
こんなところだし、ガラス片に交じってまきびしや地雷が落ちているかもしれないから、肉球のない人間娘のグルカの足にオレの宇宙ブーツを履かせておいた。
間違ってもグルカを心配したわけじゃないけれど、かれこれ数年もメグの世話を押しつけられたせいもあり、自分より弱い生き物を憐れむ人並みの心が身に付いたのかもしれない。
ともあれ、そんな夫婦ごっこも終わりだ。
ふと見れば、たっぷりもったいぶった登場とばかりに、銃を持ったエルフの一団がオレたちの背後から追ってきていた。
人間が百人がかりであっけなく搾り殺された前例を真摯に受け止め、今度は電磁シールド付きのアーマーに加え、強化骨格で二本足のロボットのような外観でいる重兵士も引き連れてくる周到ぶり。
まあ、オレは言われた通りに遺跡の扉を開けて仕事を果たしたのだから、あとはハイタッチでもしてまっすぐ家に帰るだけだったのだが。
突然、何の前触れもなく巨大な轟音が響き渡り、ほぼ同時に発生した空間のねじれによって居合わせた全員が揺り動かされた。
まるで図ったような絶妙な頃合からして、この大惨事にオレの毛玉姿にしがみついて難を逃れようとするグルカが一枚も二枚も噛みついているのは間違いない。
さらには、一分以上も続いている激しい揺れの中でグルカは採血した小瓶のようなものを取り出し、それを先ほどの冷凍装置に備わっている制御盤の上で叩き割った。
そして、ビンの中の赤い血が表面に染み渡ったかと思うと、部屋中の扉が勝手に開いて闇の中から数えきれないほどのサキュバスが現れたのだ。
この大変なときに面倒事を連鎖させて何が楽しいのか分からなかったが、エルフたちが特大の宇宙地震とバケモノに襲われて動けない間に、グルカを毛玉姿のオレを悠々と引きずって部屋を脱出した。
また長い通路に出てうんざりしたのもつかの間、ただの像だったはずのバケモノたちが生きた状態となって練り歩き、種族柄のいやらしい肉体で行く手を占領している。
こればっかりは一巻の終わりと絶望するしかなかったけれど、立ち塞がるサキュバスの群れは全く動かず、そのうち神が湖を分かつように一本の道が開かれた。
「元気そうですねえ」
それは、まさにバケモノを統べるバケモノの女王であり、脇を固めている子分のサキュバスも似たような顔つきに見えなくもない。
オレがエルフに拉致されたばかりに離れていたマリアは、遺跡全体が崩れ落ちるような揺れと爆音の中でもまったりとしてのんきに立っていた。
「この子たちは襲ってこないわよ。殺す手間が省けて、あたしも助かってるの」
「そんなことより、これ何がどうなってんだよ」
「まー、お茶でもしながら話しましょ。こっちにあなたの船があるから、遺跡が爆発して吹き飛ぶ前に行った方がいいわ。あなたの場合、死んだら死んじゃうでしょ?」
「バケモノの親玉のくせに、たまにはいいこと言うんだな」
どうせなら、こっちのグルカと一緒に運良く死んでくれていたら、オレとしてはありがたいかぎりだったのだが。
これじゃ来る日も来る日も玉袋を搾られ続ける人生と何も変わらない。
それどころか、マリアが母性に目覚めたせいで何万匹もいるバケモノどもをオレの船に残らず乗せて飼うことになり、オレは自分の玉袋と生命を守るために、魚雷もないのに魚雷管を作ってその中に毛玉姿を埋めて生きるしかなくなった。




