透明人間と毛玉の交尾
この一週間は、いつも通りの退屈で決まりきった仕事ぶりであったが、シャーベットの宇宙港に辿り着くや否や、待ち構えていた警備局によって船は捕らえられてしまった。黒ずくめの悪人が船に乗り込んだなどという根拠不明のを言いがかりに基づき、日頃からオレを私怨の対象として舐め腐るクスコの陰謀である。
たかが非武装の輸送船相手に雷装した戦闘機が三機も出撃し、どうせ、修理代も払わないくせに客層の搭乗口と一番下の貨物室、さらには一番上のブリッジのスクリーンガラスを外側から爆破して機動隊が突入した。
当然、客はパニックになって喚き散らし、オレは自分の部屋で惑星放送の安っぽいポルノを見ながらマスターベーションしていたところに、ブリッジから侵入してきた十人前後の機動隊員によって鼻づらを警棒で殴られて取り押さえられたのだ。
いったい、オレが何をしたというのだろう。何の罪もない毛玉に濡れ衣を着せて船を強奪する筋書きを書いたのは政府の連中かもしれないが、パンツを下ろして巨大な男根をさらけ出す丸腰のオレを殴りつけて鼻づらの形を変えるという余計な演出は、警備局の警備隊長を親のコネで拝命した人間娘、クスコの陰謀に違いない。
実際、鼻づらを血まみれにされて手と足に枷までかけられ、死刑囚と同じ待遇の重警備で二時間も牢屋に放置された後にやってきたのは、クスコ本人であった。
「バチが当たったな」
実弾入りのサブマシンガンを携えた看守たちに命令して人払いを済ませてから、クスコは鉄柵越しにオレの鼻づらに消毒液を吹きかけ、銃創で肉片が吹き飛んだ兵隊のケツに貼り付けるような巨大な絆創膏を取り出し、どこまでも不器用に手当てしてくれた。
「どういう風の吹き回しだよ」
「安心しろ。貴様と付き合っているから優しくするわけではない。こんなろくでなしの男でもメグにはたったひとりの父親だし、それが歪んだ鼻づらのまま治らなかったら、あの子が恥をかく。それに、獣人は回復が速いと聞いたが」
「ああ。キメたヤツは首だけになっても喰いつくぞ」
オレが戦争の笑える話を思い出してそう言うと、クスコは牢屋を開けて枷も外し、オレの頭の上の獣耳を引っ張りながら留置所の外の廊下まで連れていった。
地下に二時間も閉じ込められていると、時間の感覚なんてすぐになくなる。もともと、犯罪者や貧乏人が集まって出来た場所というのもあり、遺物に釣られて次々と現れるゴミみたいな連中が警備局の牢屋にはすし詰めになっているらしい。
目の前を歩くクスコの香水臭いメスのニオイと、長い廊下の両側から漂う便所のような悪臭が入り混じり、まるでクスコが犯罪者の種汁をかぶった娼婦のように見える。
それから、エレベーターに乗って十三階で降り、みんなから搾り上げた税金で肥え太った汚職警官が山ほど詰めているオフィスに入った。
ここでも手錠をかけられた犯罪者どもがしょっぴかれていたが、代わりに制服を着た犯罪者が増えたわけで、なんともタチが悪い。母星とは違って種族の顔ぶれも多様性に満ち、人間もいれば獣人もいるし、耳長の女顔をした女のエルフ、この時代になっても宗教分離ができないベールかぶりのトカゲまで銀河を等分する勢力が揃っている。
誰のものでもなかった不毛の土地に、社会の落後者が追いやられて息を吹き返した星なのだから、いまさら驚くべきことでもないのだが。
そうして隅にある隊長の個室に入ると、てっきり逮捕されて児童局の小児性愛者に連れていかれたとばかり思っていたメグも、ちょこんとしてクスコの隣に座っている。ここでは犯罪者待遇のオレの娘にしては、缶ジュースとスナック菓子まで振る舞われて歳相応にくつろいでいるようだ。
しばらくしてクスコに許されてから、オレも最寄りのイスに毛深い腰を下ろした。
「貴族の隊長のくせに、ウサギ小屋で仕事してんだなあ」
「三十人の部屋に百人が入っているのだ。個室があるだけ恵まれている」
「あっそう」
どうでもいい。軍人一家に生まれて幼いころから教育を受け、士官学校を卒業して晴れて将校になったというのに、こんな畳二畳あるかないかの個室で朝から晩まで事務仕事をこなす人生なんて、オレだったらその日のうちにヘルニアになってしまう。
オレを冤罪に仕立て上げて合法的に暴力を振るった役人どもの方は、とっくに罰を受けていたということだった。
「それより貴様、よくもウソをついたな」
「ウソって?」
いきなり何の話か分からず、オレは鼻づらの先に自分の手の肉球を当てて、縦に伸びた瞳孔の目を丸々とさせて輝かせながら聞き返した。
すると、クスコは生まれつき良く焼けた黒い顔の眉をぴくぴくとさせ、不機嫌なのを微塵も隠すことなくオレに動かぬ証拠とばかりに一枚の写真を突きつける。
それは、ちょうどそこで菓子を貪っているメグが船長室に入ってきた際、オレが黒ずくめの密航者の美女と交尾をしているときのものだったが、肝心の女の姿はどこにもない。どういうわけか、オレがひとりで男根をいきり立たせて空気相撲をしているかのような不思議な光景が捉えられていたのであった。