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処女の淫魔

 あくまで盤面の話だけれど、うまい具合に恋人が死んでくれたもんで理想の人生を謳歌していたオレであったが、その後は全くひどいものだった。


 愛人を四人ばかりこさえ、それが事あるごとに十人ずつ子供を産み落とし、気が付いたときにはクルマのコマに乗りきらないほどの子供が害虫のごとく湧いて蠢き、親であるオレを見事に破産させたのである。


 あんまり多すぎて百人ごとに輪ゴムで縛ると、マッチの束か軒裏の材木みたいに膨れ上がってよく燃えそうだ。


 それが大量の借金手形と一緒に手元を占拠しているもんだから、どこまで行っても報われないオレの惨めな人生を想起させる。


 よく見れば、このゲームを製造したのは獣人の国の企業というのもあり、子供を百匹も二百匹も産み捨てては軍隊に納める種族柄の精神が見事に再現されているわけだが。


 母親よろしく生まれつき心が汚れているメグらしい気遣いだった。


「それよりお前ら、これが終わったら船降りろよな。もうちょっとで中継のステーションに着くから、そこで他の船に乗るなり何なりして好きにしろ。これ以上、面倒は御免だ」


「つれないわねえ。誰が決めたの、そんなこと」


「オレだよ。この船はオレのなんだから当然、オレが決める。オレが偉いの」


 オレがそう言うと、マリアたちは子供みたいに頬っぺたを膨らまして不満気でいたが、こうして船を取り戻したからにはオレが船長なのだ。


 この銀河で何が起ころうと、そんなことはオレの知ったことではない。遺物だのサキュバスだのもどうでもいい。


 オレは誰にもブラックホールの引力にも縛られずに、ただ自分らしく悠々と生きたいだけなのだ。それさえもオレには贅沢すぎる望みなのだろうか。


 まあ、いずれにせよ、この船は旧式のエンジンが祟って燃費も性能も悪いから、航路局が定めた道順に従って頻繁に給油する必要がある。


 すでに目視できる距離で人工ステーションの赤色灯が光っているし、何事もなければ、あと一時間も経たずに入港。曰く付きの女どもと解散して二度と会うこともない。


 それは、すでに決定した事実であった。


「あ、ボク、クレジットカード持ってるよ。これで料金とか払うから、今度はお客さんとしてもてなしてほしいな」


「ったく。さては貴族か金持ちの娘か。逆に、それがありゃ豪華客船でも何でも乗れるだろうが。うちは遺物漁りのスカベンジャー御用達の最低料金。シャワーもトイレも共用で一個しかねえからな」


 うげーっとしてエルフのプライドと葛藤するアンネの反応から察するに、そう言っておけば金持ちは素直に降りるだろう。


 どれも本当の話だし、この船は貨物輸送船として設計されていて客間は後付けなのだ。


 一番安い業者に頼んでそれっぽく仕上げてもらったが、船長室などの船員スペースは割と綺麗で設備も整っているから、オレ個人は快適に過ごせている。


 これも船長としての特権だった。


 そして、マリアを挟んでひとつ離れたところから視線を送るメグがいたが、母親が現れたからには仲良く消えてもらうしかない。


 オレは自分に甘く、他人と子供には厳しい父親なのである。


「でも、そう上手くいくのかしら。ねえ?」


 そう言って意味深に横目で見つめるマリアに対し、オレも反応せざるを得なかった。


「どういう意味だよ」


「だって、もうそんな簡単な問題じゃないと思うから。あなたは女に生まれた相手を本能的に惹きつける何かがあるのよ。それが女運の悪さの原因ね」


「ああ。おかげで生まれたときから苦労してる」


「でしょ。それに、あたしはこう見えてものすごくしつこい女だから、あなたがその気になるまで何百年でも待つわ。あたしは尽くす女よ」


「重い女は嫌いだよ。経験上」


 そう言ってオレはサイコロを振ってゲームを続けた。


 さっきから、水面下でつんつんと足が当たると思っていたが、どうやら他でもないマリアのヒール靴の先がオレの足のツメを舐めるようにまとわりついている。


 こう見えてオレだって子持ちなのだ。


 その母親にしてオレの腐れ縁であるグルカという女の独占欲の強さを知っていて誘惑してきているのであれば、それだけで血を見る惨劇の前兆ともいえる。


 ただ、すでに肉体関係があるオレとマリアの深い間柄が露呈すれば、銀河を滅ぼすバケモノの類と自分本位な人殺し女が開戦しかねない。


 お互いに殺し合って虫の息になったところで止めを刺せば、オレの手には負えない女が二人も片付いて一石二鳥とは、まさにこのことであった。


「とにかく、お前らは次のステーションで降ろす。そこの人間娘の母親と髪の引っ張り合いになって船を壊されちゃたまらないから、ちゃんと外で決着をつけてくれよな」


「あら、あたしが強いのは知ってるでしょ。あの女に困ってるなら、あたしを新しい女にしてくれれば解決よ。あたしの方が肌も白くて胸も大きいし、ずっと魅力的だと思うけど」


「むむ」


 たしかに、そりゃサキュバスだものと当たり前のことは言わないでおいたが、単純に一匹の女として見れば、マリアの肉の方が軟らかくて美味そうだ。


 いい歳こいて対人経験値の低い変態が照れ隠しでするみたいに、何かにつけてプロレスしてくる血生臭い社会病質者のグルカよりは、ずっと女らしくて品がある。


 その皮を一枚めくれば、しょせんは交尾することしか頭にないバケモノという致命的な欠点を除けば、マリアに軍配が上がるだろう。


 だが、オレは信用しない。物心つく前から女の醜い欲望に曝されてきた恐怖体験は、オレの毛玉姿の根本に刻み込まれて二度と元に戻ることはないのだ。


 グルカとマリアの両方が死んで、初めてオレは解放されるのである。


「仮に、お前が勝って新しい女になったらオレはどうなるんだ」


「そうねえ。それはもちろん、あたしの運命の相手として死ぬまで子供を作るの。銀河を滅ぼすつもりはないけど、サキュバスとして生まれた以上、子供をたくさん産んで自分の星を持ってクイーンになる夢があるから」


「あっそう。どうせ男を搾り殺すなら誰でもいいだろうがよ。オレは遠慮する」


「ダメよ。あたしの理想は、自分を殺せるぐらい強い男。つまりは、サキュバスを封印できるほど強力な玉袋と男根を持つオスのこと。この千年、ずうっと宇宙を巡って数えきれないほどの男を見てきたけど、あなたほど完成されたオスは他にいない。あなたは、あたしの運命にして初恋であり、初めての男なの」


「お前、まさか処女だったのか」


 オレがそう聞くと、マリアはまた乙女みたいに頬を赤くして頷いた。


 てっきり、サキュバスに貞操概念はないと思い込んでいたが、結局は気持ちの問題だというのは人間やエルフと変わらない。


 これも銀河史に残る大発見と直感して金目のニオイを感じるも、アンネが白衣姿らしくハンディカメラを回して一部始終をこっそり録画していた。


 いますぐアンネの白衣を引きちぎって強姦して殺害すれば、なんとかオレが歴史的栄誉を独占できる可能性もあるけれど、金持ちはクレジットの価値をよく理解している。


 こういう輩は何かしら相応のモノを差し出せば、論文の共同執筆者にオレの毛深い名前を書き加えるぐらいはしてくれるはずだった。

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