人生すごろく
グルカのこともそうだけれど、オレは自分の娘と父親らしく会話した結果、ひどく動揺して悩ましい気持ちにさせられた。
こんなことは戦争が終わって故郷と縁を切り、しがない船長として小銭を稼ぎ続けるか、それとも船を売ってシャーベットの繁華街でストリッパーでもして大金を稼ぐか、それを真剣に迷ったとき以来である。
男より強い女に貞操を搾取されるのは、獣人社会では避けようのないことだから、いまさら綺麗な毛玉姿には戻れない。
毛深い身の上としての繁殖本能を満たしながら大金を稼げるのもあり、オレのような毛並みにツヤのある毛玉にはうってつけの仕事であった。
しかし、それを警官としての微々な権力も織り交ぜながら警告し、この退屈で安上がりな船長職に誘導したのがクスコという人間娘。
つまりは、妹の名を騙ってオレの背後に潜伏していたグルカであった。
オレの余生が最初から執念深い人殺し女の肉球、もとい、つるぷにの人間の手のひらの上で転がされていたというのも、それはそれで大変なことなのだが。
オレにとって妹という存在は、オレの母親とグルカの次に聞きたくない名前でもある。
それは、他の二人に対するものと違って恐怖や憎しみの類ではなく、まだ幼い自分が兄として守りきれなかった罪悪感からだった。
「お悩みかしら」
この船で一番、大きな窓がある客室階層の広間。そこのテーブル席で鼻づらに肉球で頬杖をつきながら、ため息をついて黄昏ていると、いつの間にか横に座っていたマリアが声をかけてきた。
はっとして振り返ってみれば、グルカ以外の全員が同じテーブルの席についてオレの鼻づらを窺っている。
このシッポを引かれるような重たい気配からして一匹ではないと思っていたが、どいつもこいつもオレの気も知らずにのんきなものだ。
そのうち、誰かが言い出してババ抜きでもしかねない雰囲気でいて、仕舞いにはマリアの隣で頭だけ出していたメグが巨大なボード板を取り出し、人生ゲームをしようと言いはじめてしまう。
学校の授業はオンラインだし、気の合う他人と集まるのはオレとしても経験のないことだったから、メグは歳相応にきゃっきゃっとして楽しそうにサイコロを振っていた。
「夫婦なの?」
「いや。オレは栄光ある独身だよ。結婚のマスは、もうちょっと先じゃねえか」
「そうじゃなくて、いま、ここにはいない女のことよ」
せっかくオレも現実を忘れてゲームに感情移入しようとしていたのに、マリアが全員にも聞こえる声で言ったせいで、その娘のメグも含めてどんよりとした沈黙が生じた。
「お前ら、アレが何なのか知ってんだろうな」
「まー、あたしは生後千年ぐらいだけど、サキュバスだから。なんでも分かるのよ」
そう言ってマリアは横のメグに視線を送った。
「メグはメグだから分かるの」
全く、ひどい言い訳だけれど、それで説明したつもりらしいメグは向かいにいるエルフのアンネにバトンを送った。
「うん。そりゃ知ってるさ。だから、ボクはこうしてキミたちと一緒にいる。ボクは博士号を持ってるから徴兵はされなかったけど、キミの奥さんと、そっちのサキュバスを調査するよう命令を受けたんだ。できれば、生きて捕まえて試験管に詰めておくようにってさ」
そうして言い出しっぺのオレに皆の視線が戻ってきたのだった。
「ああ、そうかい。知らなかったのはオレだけ。みんなしてオレが殺し屋の女にまとわりつかれてるのを見て楽しんでたってわけか」
同じ問答で同じ屈辱を味わったのは、数分前のメグとの会話で経験した。
いまさら、この薄情な子宮持ちどもに友情や誠実など期待する方が悪いのだ。オレは自分でも驚くほど何も感じず、サイコロを振って出た目の通りにクルマのコマを走らせる。
ちょうど結婚という強制イベントのマスの手前。恋人が戦死して結婚イベントが無効になる代わりに、みんなからお悔やみ金をもらうという願ってもない展開だ。
これがゲームに止まらず、ちゃんと現実で起きてくれれば、オレの毛深い心も晴れるのにと思えて鼻づらが緩むのを止められなかった。




