グルカの影
生きてるかどうか以前に、そんな顔も知らない他人の話はどうでもよい。
それよりも、この機にオレが自分の船を取り戻して帰ることが最優先事項である。
バケモノが頭突きしても割れそうにない分厚いガラス越しに見える船は、よく見れば、もぞもぞとした艶めかしい女体の群れがまとわりついていた。
あの様子じゃ中に入り込んでいてもおかしくない。あの人の形をしたバケモノどもと共存する気でもなければ、やはり退治することになるのだろう。
いくら怪物とはいえ、丸腰の相手を撃ち殺すのは戦士としては気が進まない。そもそも、オレは銃さえ取り上げられた身分なのだが。
なんでもかんでも殺してしまうのは、気分屋の子宮を持つ女の考えそうなことだ。
このオレが認める肉体を誇る生き物なのだから、あのサキュバスの何匹かを捕らえて動物園や金持ちの変態どもに売り捌けば、かなり良い利益が見込める。
いまのオレは戦士ですらない民間人となって久しい。ただの毛玉に必要なのは、血沸き肉躍る戦いの日々ではなく金のニオイであろう。
誇りや忠誠でエサが喰えるのは戦争のときだけ。オレはより良い生活と銀河の多様性のためにも、サキュバスとの平和共存を宇宙に訴えるつもりだった。
「あれはもう殺すしかないわね」
「ほげ・・・」
マリアは手に握った銃の残弾を慣れた手付きで確かめながら、儲けに鼻づらの下を伸ばしたオレに釘を刺してきた。
「あの出来損ないを捕まえて売ろうとでも思ってた?」
「だったら何だよ」
「年上の言うことは素直に聞くものよ。こう見えて、あたしは何百年も生きてるから。母親を失った子供が手に負えないのは、そっちの世界でも同じでしょ。まー、あなたは例外かもしれないけど」
「はいはい」
いったい、どこのどいつが鼻づらから漏らしたのかは知らないが、オレの母親嫌いが周知のものとなっているのが笑えない。
まあ、オレの母親のワガママで残酷な性質からくる悪名を辿れば、その長男であるオレの鼻づらもおのずと明るみに出てきてしまう。
ネットの環境さえあれば、誰でも知れる簡単な事実だが。同じ毛玉の女どもからは交尾相手として貞操を狙われ、その他大勢からは人殺しの息子として石を投げられた挙句、結局は交尾することになる不遇の身の上なのだ。
「サキュバスは玉袋を苗床にして爆発的に増殖する。しかも、理論的には死ぬことがない不死の存在。だから、こうして何万年も生き延びた個体が宇宙の端っこから現れたところで何の不思議もない。これを完全に終わらせるには、惑星ごと破壊するしかないのよ」
「簡単に言うよな。そんなデカい爆弾、オレは持ってないぞ」
「いいのよ。いまごろ、遺跡を荒らそうとした人たちが死んだのを知って、エルフが乗り出してくるころだから。あたしが生まれたときにもエルフはいたけど、そういうのはあの人たちの専門なのよ」
「ふうん」
マリアはさらっと大事なことを言ったような気もするが、どうせ、ここにいてもバケモノに喰われるだけなのだから、オレたちがすべきことは変わらない。
眼下に広がるバケモノの群れを突っ切ることになるのも勘弁願いたいが、宇宙の塵になってイヌらしく犬死するのも御免である。
オレは、この期に及んでも隅で根暗に端末を弄っているメグのリュックから、もうひとつハンバーガーを奪って気晴らしにむしゃむしゃと貪った。
「それ、メグのだよ?」
「親に向かってどの口きいてやがる、このタコ。バケモノに喰わせんぞ」
「じー・・・」
オレみたいな大の毛玉に怒鳴られても動じず平然と睨み返してくるのは、同じ毛深い血が混ざっているというより、あの母親の生き写しと表した方が適切だろう。
頭の上の獣耳と尻のシッポ以外にも、まるで温かみのない冷めきった心がメグにはある。それが何より母親に似ていたのだ。
「パパもママ見た?」
「だったら何だってんだよ。どうせ、バケモノが見せた幻だぞ」
「知ってる。でも、本当のママもいた」
まさか、とはオレも思ったけれど、鼻づらの後ろでひりひりとするタンコブをさすりながら思い出したのだ。
いや、それでも現実的に死んでいる可能性の方がずっと高い。メグの母親であるグルカは後ろ暗い役目の裏の戦士であり、そういう汚れた類は惨めに死ぬと相場が決まっている。
オレが見たのは、バケモノの精神作用が生み出した幻覚。
現に、グルカの顔をして裸で誘惑しにきたのはサキュバスである。オレの記憶と完全に一致しないニセモノは、マリアによって目の前で撃ち殺されたばかりだった。
全くタチの悪すぎる冗談だ。オレを含めて殺される心当たりがある銀河の人々にとっては決して気持ちの良い名前ではないのもあり、それを聞くだけでひどく不快な気分になるし、耳にも心臓にも負担が大きい。
そんな母親に似て、ますます小賢しくなるメグの父親としてオレは、目の前の幼い人間娘のシッポを思いきり手の肉球で握りしめておいた。
「ふにゅう」
たかが六才の分際で娼婦みたいに喘いで鳴くのも母親に似ている。末恐ろしいというか、血筋というものは本当に厄介であった。
「メグ、メグ」
そうしてウワサをすれば、メグの端末からオレの愛人の声が聞こえてきた。
ホログラムの立体映像で表示できれば、その声の主の尻や胸を惜しみなく拝めるし、端末の小さな画面に鼻づらをこすりつける必要もないから楽なのだが。
こんな未開の遺跡の中では通信も安定しない。
それでも、向こうの声と汗だくで緊迫した状況は伝わってくるのだから、現代科学も捨てたものではなかった。
「ワワチ。貴様、いままでどこにいた。お前が急にいなくなったせいでエルフと探しに出た間に、裸の女が山ほど現れて襲いかかってきたのだ。いったい、あれは何だ」
「サキュバス。銀河に封印されていた恐るべき存在さ」
そういうクスコたちもオレがいない間にすっかり仲良くなって、小さな画面の中で押し合いながら問答を続けている。
正直、いまさら何を聞くこともないもんで何を言うこともない。オレの鼻づらを見るたびに文句を言われるのも飽きているから、クスコとはあまり会いたくないのだ。
しかし、この宇宙でオレの母親の次に恐ろしい人間娘。すなわち、グルカの妹という肩書きを持って生まれたクスコを見捨てるわけにもいかず、向こうで一緒にいるらしい白衣姿のアンネも生きて帰せなければ、今度はエルフの政府に大義名分を与えてしまう。
オレが母親と同じくらい大雑把な毛玉であれば、もっと楽に生きられたかもしれないが、そういう政治が見えてしまう聡明で繊細な男なのである。
「キミの娘さんから話は聞いたよ。ここはエルフの科学に任せてほしい。乗船中に確かめたところ、あの船はコンピュータ制御だから遠隔操作できる。搭載されているのもセキュリティの貧弱な旧式だし、あっという間に侵入できると思う」
「つまり、どういうことだ。わたしはメカが苦手なんだ」
「そんな無教養のキミにも分かるように言えば、簡単に脱出できるってことだよ。アレの大群と戦って活路を開く必要もない。いま、ボクたちがいる場所に船を移動させる。あとは乗って星を出るだけさ」
オレはクスコと違って賢いから気付いてしまった。
要するに、それで得をするのは自分たちの現在地を指定した向こうの二人であり、オレたちはバケモノを振り切って移動しなければならないということである。
全くもって、してやられた気分だ。
ここから見えるサキュバスの群れは千匹か一万匹はいそうな勢いだけれど、すでに船は毎度のように誰の手を借りずに動き出し、燃焼式のエンジンから激しい炎と煙を吹き出しながら浮かび上がっていく。
数こそ圧倒的でいたが、あらかた新鮮な玉袋を喰い尽くしたらしいサキュバスたちは、あまり能動的に動かなくなっており、大半はぽけーっとして座り込んだり、ネコみたく木に登って顔を洗ったりしながら飛んでいく船を眺めていた。




