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黒ずくめの幻影

 オレは兵役後に約束された国からの報酬という形で船長になったが、この船はコンピュータ制御のほぼ完全な自律航行可能な定期輸送船であり、最悪、誰も乗っていなくても勝手に仕事をしてくれる。


 そして、最新型のスラスターエンジンを搭載したアクロバット航行もできる高速戦闘艦なんかとは違い、カメとカタツムリを合わせたような鈍足だということも言った。


 いざ首都星が見えてきたからといっても、実際に着くまでには一時間は掛かる。のんびり気ままにというのはオレの性分にも合っているけれど、もし、目の前で裸のメスが白いケツを剥き出しにして踊っていたら、とりあえず交尾するのがオスというものだ。


 この仕事を始めて少し経つが、たまにこういう客が乗ってくる。すなわち、いろいろとワケアリで正規の旅券を持っていない密航者の類。


 たいていは金のない貧乏人、遺物目当てのスカベンジャーが勝手に乗り込んで気が付いたときには消えているのだが。そこそこ危ない逃亡犯や泥棒、はては同業者が破壊工作を企てることもあり、余計な保安対策を強いられて経費がかさむのは笑えない。


 ただ、いかにも怪しい黒ずくめの格好をした人間娘が現れ、恵まれた美貌と肉体で代金を払うと律儀に頼んでくることもあるから、オレも獣人という年中発情期の抑えきれない肉欲を合法的に発散できるというわけだった。


「パパ」


 しかし、あともう少しで玉袋が沸騰する頃合いを図っていたかのように、この世に断りもなく生まれ落ちたオレの一人娘、半分イヌの血で出来た人間の幼獣メグが部屋に土足で踏み込んだ挙句に呼びつけてきた。


 名前も知らない人間娘と交尾するという神聖不可侵な行為の最中に、血を分けた実娘が父親を軽蔑しきる表情、ついでにオレと娘を捨てて消えたメグの母親が他の男の股ぐらの上で満面の笑みを浮かべる情景を想起させ、途端にオレの肉欲も高揚も完全に萎えきってしまう。


 全く気の利かない六歳児であった。


「なんだよ。こっちは子供想いの父親らしく、お前のために弟でもこさえようと汗水たらしてセックスしてるってのに、見て分かんねえのか。あ?」


「じゃあ、妹がいい。男はパパみたいになりそうで嫌い」


「ああそう。お前を産んで捨てた母親は、さぞ男らしかったんだろうよ」


 オレがありのままの事実を言うと、メグは父親の鼻づら目がけて手に持っていた端末を投げつけ、その小さな背中に不機嫌のかぎりを表しながら出ていった。


 毎度、この調子なのだ。反抗期には少しばかり早すぎると思うけれど、女というのは身体も心も男よりぐんと成長するものだし、最近は初体験の平均年齢が十才を下回ったというニュースも聞いたことがある。いろいろと複雑なのだろう。


 そこんとこ、メグは母親に捨てられたわけだし、父親のオレについて人生のほとんどを宇宙と船の中で過ごしているから、余計に偏った性格をしているのかもしれない。


 人間の子供は、その程度のことで悩めるからいいが、オレみたいな獣人は銀河を支配する四勢力のひとつとして物心つく前から過酷な戦闘訓練を課され、ついていけない病弱や臆病者は殺されて喰われる世界であった。


 銀河で最も巨大で屈強な獣人は圧倒的な軍事力を誇る種族であり、他の三勢力の艦隊の合計を大きく上回る大宇宙艦隊も有している。サバンナ星系の母星から遠く離れようとも、すべての獣人の心には、戦うことを正義とする武勇の精神が宿っているのだ。


 ぱっと見は貧相な人間とはいえ、メグだってオレの玉袋から搾った種汁をカクテルにして生まれてきたのなら、母親なんかいなくたって冷静沈着に、オレという父親を崇め奉ってこその誇り高い毛玉の血筋である。


「可愛い子ねえ」


「いやはや。冗談だろ」


 同じ寝床で温め合っていた密航者の人間娘。おそらくは仕事の性質上、偽名だから簡単に名乗ったのだろうが、たしかマリアとかいう聖書にでも出てきそうな名前だった。


 突然の娘の介入によってオレが肉欲を失くしたのと同じく、マリアも潮時とばかりにベットから出て黒ずくめの服を着る。


 ぴちぴちとして柔らかい女肉に食い込んでいる上に、内ももや眠の部分が思いきり開いているし、もはや服というより全身を下着で覆っただけのような気もするが、なんとも色気ばかりが強調された格好だ。


 そうでなくとも、これだけの美人は目立ってしょうがないから、かえって悪事には向かないと思うのだが。政治家や要人、敵方のエージェントを色仕掛けで篭絡して金庫の暗証番号でも盗み出すときには、ものすごく活躍するかもしれない。


 どうでもいい。オレみたいな軍隊上がりの船長や警備員は銀河に山ほどいるし、この船は民用としてやっているから新型兵器も核弾頭も運んではいない。ましてや、ここらで発掘された古代文明の遺物は四勢力の各政府の管轄だから、こんな非武装の護衛もない船に積んでいるわけがなかった。


 せいぜい、コンテナいっぱいの鉱物とか、地元の郵便局で取り扱う程度のちゃちなクレジットの詰め合わせぐらいなもの。オレとオレの船に、ものすごい秘密も何もないのだ。


「もう行っちまうのかよ」


「ごめんなさいね。そろそろ、あたしも降りる時間だから」


「むう・・・」


「そんなに拗ねなくても、また会えるわよ」


 そう言ってマリアは悶々とした余韻をたっぷり残して去ってしまった。あんまりしつこくても嫌われるだろうし、オレも引き際をわきまえたオトナの男だ。ここは肉欲の不完全燃焼をぐっと堪えて次に移るべきだろう。


 船のあれこれはコンピュータに任せているから、他にやることもなく、オレは全てを台無しにした娘のメグが投げつけた端末を拾い上げて確かめた。


 それは、乗員用の専用端末であり、船の強力な大型送受信機を使って鮮明な船外通信ができるようになっている。子供が勢いに任せて投げつけるには、ちょうどいい軽さと硬さの端末であったが、メグが何のつもりでこれを持ってきたのかは不明である。


 だが、よく見れば、新着の受信があったもんで開いてみれば、自動的に相手との通信が開始されてしまう。


 どこか押し間違えたのか、そんなに指の肉球が大きいわけでもないのだが。そのうち、あまり会いたくない当局の制服姿をした人間娘がホログラムによって空中に映し出された。


「遅い。さっきから何度も呼んでいたのだぞ」


「へえへえ」


 どこの貴族のじゃじゃ馬だったかは忘れたが、さすがのオレも宇宙警備局の女を無視して通るほどバカではない。銀河の緩衝地帯、いまはもっと明るく宝探しと冒険がいっぱいのキルゾーン宙域は、最大星系にして首都星のシャーベットが一括で管理している。


 銀河中の政府も大使館を設置しているから、あちこちの旗を掲げた宇宙艦隊もいるが、あくまで名目上はシャーベットの宇宙警備局の管轄だ。


 ここらで船を使って商売をするなら、シャーベットの宇宙警備局とは切っても切れない関係であり、密航者や禁制品の密輸に関して検査を受ける義務があった。


 オレも個人営業の船長として裕福なわけじゃないが、一人娘の養育の傍ら、適当に暮らす分には不自由していない。これといって野心も野望も反社会的な革命気質もないし、警備局の受付で毎月の更新料を払って登録している明朗会計な船長である。


 それなのに、このクスコという黒髪で褐色肌の人間娘。たかが警備局の下級将校の分際で何かにつけてオレを迫害し、ただ毛深いというだけで目の敵にして優越感に浸る悪徳役人の鏡のような女だった。


「で、今度はいったい何の用だよ。オレはこれから入港やら何やらで忙しいんだが」


「うむ。貴様、こいつを見かけなかったか」


 そうしてクスコが慣れた手付きでキーを叩いて手配書を横に表示させる。といっても、ちゃんとした画像ではない。まるで子供が描いたような抽象的すぎる似顔絵だった。黒ずくめの怪しい人物という以外には、顔も性別も種族も分からない。


 はっきり言って、ずさんな捜査としか言いようがなかった。


「これじゃ何も分からねえっての」


「よく見ろ。こいつは、いま各国が血眼になって探しているという悪党だ。それが三日前、貴様の船に乗り込んだという未確認の情報がある。情報提供だけでも百万クレジットという凶悪な犯罪者なのだ」


「さあね。オレは誰かさんと違って貧乏だし、船の定員も二十人前後だから、そんな怪しい野郎がいたら見逃すわけないだろ。とっくに通報してら」


「ふうむ・・・」


 一応、なんだかんだと肉体関係のある間柄だし、クスコはオレの金にうるさいところもよく知っている。だから、オレの言葉にウソ偽りはないということを理解したようだった。


 どうせ、これも遠回しにオレと交尾がしたいだけの嫌がらせだろう。人間も獣人も若すぎると自分の立場を忘れて肉欲に溺れるのは、いつの時代の種族も変わらない。


 ホログラムの映像でも、クスコがしきりに制服のスカート越しに股ぐらを気にしながら、溢れんばかりの性的衝動を必死に抑えているのがすぐに分かった。


「まあいい。わたしは、すでに宇宙港で待機している。こっちに着いたら客も諸共、拘束して検査を実施するから、そのつもりでいろ」


 そうして、ぶつりとノイズ交じりに通信は切られた。


 貴族の家でどんな風に育てば、あんなにも雑な女になれるのは知らないが、お世辞にも淑女とは呼べないだろう。オレという獣人、数年前には戦争をしていた種族と姦通した事実もあるわけで、将来の夫となるどこぞの貴族の息子には同情せざるを得なかった。

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