動物の戦い方
そうして今度はオレがちゅうちゅうと玉袋を吸われ、いつの間にか寄ってきた別の人間娘たちに毛深い尻にも噛みつかれて、どくどくと逆流する生命を吸い取られる。
そこで転がっている干物と化した死体も、かつては活きの良い男だったのだろうが、この得体の知れない女たちに生きる力を吸い尽くされてしまったのだ。
ここは他の遺跡とは違う。そう直感した由縁は、実にこれのことだった。
いまのオレの毛玉姿にがっしりとツメを立ててしがみつき、はるかに巨大な獣を群れで仕留める肉食獣のごとくむしゃぶりつく人間娘ども。
いや、これが銀河を破滅させるサキュバスという存在に間違いないのであった。
「む・・・」
懐かしい顔に騙されて不意を突かれ、あっという間に一面の綺麗な花畑がオレの鼻づらを支配しはじめた瞬間、ごつんと誰かに鼻づらの後ろを思いきり殴られた。
正確には、そんな気がしただけのこと。手の肉球で触れれば、一筋の赤い血とぷくっとしてタンコブが膨れている。
だが、おかげでオレは正気を失わずに現実に立ち戻った。
すでに、オレが着ていた囚人服はどこにもなく、若く健康な毛深い身体が剥き出しにされて愛撫されている。
なんと恐ろしいことか。はっとして我に返った真の眼を通して見れば、愛おしく抱きついてオレの股ぐらに顔を埋めていたのは、頭に角を生やしたバケモノ。
そりゃあ、たしかに、人間の女の形をして肉付きの良い美女には違いないけれど、アンネにも聞いたサキュバスの姿をそのまま模した容姿である。
ネコみたいに瞳孔が縦に振り切った眼が赤や黄色と色とりどりに輝き、ぎらぎらとしてオレを見上げてくるのは、明らかに人間のそれではない。
気が付けば、そいつを含めて三匹のサキュバスがオレの毛玉姿にまとわりつき、まだ辺りの闇に紛れて何匹もの同類が妖しく蠢いている。
とても話の通じる雰囲気ではない。本能で生きる動物相手に言葉など無意味だし、どちらかが死ぬまで戦うのが自然というものだ。
まだ戦争の方が楽なところがあるけれど、これはこれでいい。どうやっても戦わなければならないのなら、それに則って戦うだけのことであった。
「ぐるる・・・」
すっかり忘れていたコーラ缶を床に落とすと、甲高い金属の音が響き渡る。
それを合図に、何十匹ものサキュバスが闇という闇から飛び出してきたものの、オレは尻と背中にへばりついていた二体を両手で投げ飛ばし、それで稼いだ隙間に大柄の毛玉姿を滑り込ませて初撃を回避した。
この場にいるサキュバスはそれで全部。動物らしく後先を考えずに飛びかかってきたもんだから、オレが避けると連中は裸体をもみくちゃにして団子のような状況になり、しばらくは追ってこれない。
あとは開けた前方の道を九分目ぐらいの気持ちで走り、残りの一割で転ばないように注意しながら、出口まで駆け抜けるだけ。
この世の誰よりも肉欲をそそるサキュバスたちの甘い怒号は、かなり遠くに感じられ、ついには聞こえなくなって安堵したのもつかの間、欲望に身を委ね損ねて寂しい気持ちにさせられたのだ。
「・・・ワワチ」
ところが、またグルカの根暗な幻聴が聞こえて振り返れば、オレの股ぐらに喰いついていたサキュバスが一匹、振り落とされずに残っていた。
これが映画に出てくるステレオタイプの気持ち悪いエイリアンだったら、さすがのオレもびっくりして毛玉姿をぶるぶるっとさせていたところだけれど、バケモノはバケモノでも、どうしてこんなに股ぐらが熱くなるのだろうか。
もう何か催眠が解けてグルカの顔には見えないし、よく見れば、肌も生まれたてのような色白で日焼けした健康色でもない。
正真正銘、オレの記憶に居座っている殺し屋の人間娘とは完全に別物である。
そう思うと、交尾ができる等身大のペットみたいな感じで俄然、美味そうに思えてくるから不思議なものだ。
向こうも腹を空かせた子猫みたいにオレの鼻づらを窺い、くっきりとくびれた理想的な腰に比例しない大きな胸を呼吸で荒くしながら、こっちの股ぐらに手を伸ばしてくる。
大事なところを冷やさないように覆っている産毛をかき分け、もぞもぞと指先で探りながら肉付きの良い身体をオレに預けてきた。
あと少し、もう一押しでサキュバスのぷりっとした紅の唇がオレの鼻づらの先に触れようとした瞬間、ぱあんと鼻づらの中まで響く巨大な銃声と同時に、鼻先まで来ていた彼女の頭を音速の弾丸が貫いて動かなくなってしまったのである。
「あらら。お邪魔だったかしら」
聞き覚えのある人間の女の声がそう言う。
まあ、そいつもサキュバスだという話だから、本当のところは誰も知らないのだが。
オレもいちいち、どの女がどんな顔をしてどんな声で鳴いていたか覚えているほど童貞ではないし、いつも質には困っていても量は山ほどいるから気にしたことはない。
この数日は例外というか、女のせいで女に追われてうんざりしていたのもあり、鼻づらの脳ミソが勝手に思い出してしまうだけだった。
「よお、マリア。元気そうだなあ」
「おかげさまでねえ」
黒ずくめのマリア。そう言うと響きが良い。その正体が何かは知らないが、娼婦に本名を聞く方が野暮というものだろう。
マリアには、手を動かさずに街の一角を破壊する力がある。オレはそれを自らの毛深い身に喰らわされて思い知った。
それを使えば、こんなバケモノ一匹を粉砕するなど容易いはずなのに、律儀にピストルで撃ち抜いてみせたのは少し矛盾している。
それに、アンネの話では、このマリアという女がそもそもサキュバスの類なのだ。
オレの毛深い腕の中で死んでいるサキュバスと比べれば、かなり性能が異なっているのは事実としてあるけれど、それでも同胞を殺すマリアの真意が分からない。
そのマリアの後ろから、ちょこんと顔だけ覗かせて見守るメグも死というものに鈍感で機械的なのは相変わらずの母親譲りだが。
いま、こうしてオレを出迎える二人がニセモノでない保証はどこにもなかった。




