昔の人間娘
たしかに、オレは毛玉にしては知性的すぎて獣人らしくないし、女どもにも散々にバカにされてきた過去がある。
いまでも毛深い胸の内にある心のどこかで、自分が間違っているという負い目を感じて守りがちになるところがあった。
それでもオレの直感が真実にして揺るがないのは、他でもない自分がよく理解している。
オレの勘はよく当たるのだ。それは、歳相応に経験と知識を積み重ね、さらに鋭利で正確無比なものへと進化を遂げている最中である。
だから、いま、オレの目の前で干からびた肢体の玉袋を指先で揉みほぐしながら、ちゅうちゅうと吸血鬼みたいに種汁を吸い上げている人間娘が、まともな存在でないことをオレは瞬時に理解したのだった。
「・・・ワワチ」
いったい、これはどういうことだろう。こいつが卑劣にも人に化けた怪物であることは頭では分かっているのだが。
すっとして立ち上がり、白濁とした他人の粘ついた体液で口をしたまま、こっちに振り返ったのは忘れもしないグルカという人間娘であった。
ずいぶん久しいが、いざ前にすると煮えくり返るような忌々しい感情の一方、オスの獣人に近い一切のぜい肉を排除した筋骨の肉体。
そこまで絞ってしまっては子供を産むには適さないと思われるが、これで何の苦労もなく後にメグと名付けられる三千五百グラムの寄生虫を産み落とすのだから大したものだ。
脂肪もなければ乳もないが、オレはものすごく純粋に発情している。
この完成された身体を持つ褐色肌の人間娘。すなわち、グルカとは殺し合った仲だからこそ認め合えるものがあり、最後まで決着がつかずに困り果ててしまい、仕方なく冬眠中の獣同然に洞穴の中で交尾をして戦争が終わる日まで過ごしたのだ。
夜はマイナス百度の極寒。おまけに、サバイバルナイフを腹に突き刺されて臓物がちょろっと顔を覗かせていた極限状態でもなければ、こんな女と交尾などしなかった。
その結果、オレは人間の中でも特に厄介な戦闘民族と子孫を作り、その母親であるグルカは何も言わずに失踪。
さらには、メグとかいう可愛くもない子供の養育を押しつけられ、グルカの妹のクスコの交尾相手まで強いられた挙句、エルフだのサキュバスだのと銀河を巡る事件に巻き込まれてしまったのである。
それもこれも全ては、このグルカという女に関わったのが始まりであった。
「グルカ。ちゃんと死んでてくれよ」
「・・・お前を殺すまでは死ねない。それだけ」
やれやれ。あのころと何も変わらない。
グルカを伴侶や恋人だと思ったことは一度もないけれど、良くて子宮持ちの敵の女、そうでなければ殺し合うしかない敵。オレたちの関係は、戦争中から不変のままだった。
ただ、よく出来てはいるけれど、こいつは本物のグルカじゃない。そんなことは言わなくても分かることだろう。
この遺跡が普通じゃないのは分かりきっていた。オレの毛深い感性がそう言っている。こんなところでひょっこり宇宙で一番、憎たらしい女が都合良く現れるわけがないのだ。
メグの頭の上の獣耳にもタコができるほど言って聞かせてきたが、本物のグルカは銀河の果てで野垂れ死んでいる。
宇宙という特性上、直接に行って死体を探すわけにもいかないが、グルカが死んでいるのは確実に間違いのないことだった。
妹によく似て一族に忠実なバカな女だ。オレを殺すという任務を帯びたからには、何が何でもどうやってでも殺すだろうし、裸で誘惑して抱きついてから、ぶすっとしてナイフを突き立てるぐらいのことは平気でやりかねない。
そして、そんな人間娘を殺したがっているのはオレだけではない。戦争が終わって誰もが銀河を自由に行き来できるようになった現在、謀略暗殺でも名高いエルフをはじめ、殺し屋には仕事のしやすい環境が整っている。
銃とロケット弾を担いで突撃する戦士のオレが表だとすれば、グルカは裏の者として数々の秘密作戦に従事していた。
その任務の性質も然ることながら、グルカはひとえに優秀だった。それ故に、敵味方からも畏怖される憎悪の対象であり、その反動も半端なものではないだろう。
だから、こんなところでのんきに玉袋なんて喰っているのは、明らかに別人なのだ。
グルカの中では戦争は終わっていない。そういう生業の一族なのであり、植民地の武装警察に左遷されて定時に帰宅し、オレと交尾しているクスコが末っ子らしく甘やかされた落ちこぼれの存在であるか、よく分かるだろう。
いま、オレが見ているグルカの顔も声もニオイも何もかもニセモノの作り物。何者かがオレの鼻づらの中に入り込み、まんまと盗んでいった記憶の合成でしかない。
グルカの形をした別の存在が成りすましている。それは分かっているのだ。
しかし、だからこそ、オレの理想とする従順で愛情を併せ持ったグルカという女を演じられることでオレはひどく混乱し、動揺させられた。
「ワワチ」
ニセモノのグルカはオレの名前を呼び、裸で抱きついて毛玉姿を優しく撫でてきた。
その気になれば、この人間娘を殺して介錯とし、オレの心と銀河の安定のために邪悪な存在を確実に抹殺すべきところだが。こいつはグルカではないのだ。
オレは求め、求められるがままに溺れてしまい、ぎゅうとしてグルカの顔をした得体の知れない生き物を抱きしめて離さなかった。




