肉欲疫病
エルフ娘のアンネは、オレたち異種族を遠回しに批判しながら、左の手首に巻きついている小さな腕時計型の端末を見せびらかした。
「ボクはエルフだ。キミたち異種族においては、ごく一部の特別な層しか持っていないハイテクノロジーをエルフは全員が持っている。これを使えば、キミたちごときの旧式の暗号通信を最大で同時に三百以上も傍受して解読できるんだ。すごいでしょ」
「ふうん」
アンネが分かりやすく噛み砕いて言ってくれたのか、あるいは単純な話を小難しく言ってみせたのかは不明だが。自分の娘がどうなろうと知ったことではないオレにとっては、本当にどうでもいい話なのであった。
それに、アンネの言う一部の層というのは、億万長者や権力者といった特権階級の金持ちたちのことであろう。
自国の領域だけでは高度経済を発展して維持できないのはエルフも同様であり、この銀河で比類なき科学力によって成し遂げられた門外不出の技術も、結局は金さえあれば手に入れられるということである。
誰にも真似できない遺物の方が圧倒的に優れているのは言うまでもないが、人の手で作れるものだからこそ商売に向いているとは前にも言った。
ただ、それもこれもオレに船がなければ何の意味もないのだ。
「ついでに、ちゃんと逆探知もした。発信源と思われる場所は遺跡の中。普通は何十もの衛星を経由して念入りに足跡を消すものだけれど、直接送信なんてボクじゃなくても簡単に見つけられる。わざと見つけてくれと言っているようなものだね」
「むむ・・・」
自分の分野になると、得意げにになって語るのがエルフなのだろう。
だが、オレの隣で犯罪者に向けるのと同じ鋭い眼光をアンネに突きつけ、露骨に不機嫌でいるのがクスコである。
身体の肉付きなら辛くも勝利しているが、首から上の顔付きと知能指数では、たかが人間が逆立ちしたってエルフには勝てない。
それは、重力や真空、恒星が光って輝くのと同じ宇宙の心理というものだった。
「そこのエルフ殿。いったい、貴女は何者だ。その白衣の召し物からして一端の科学者と見受けられるが、ここは貴方が来るような場所ではない。ただちに退去を」
そう言ってクスコはオレとアンネの間に入り、どんとして腕まで組んで一歩も譲らない姿勢を見せつけた。
メスの本能というか、母性というか。褐色肌の一族に捧げる玉袋であるオレが他の女に奪われては、いろいろと困ったことになるらしい。
女と戦士の境目で中途半端な性能のクスコとしては、見てくれで圧倒してくるエルフに危機感を抱かざるを得ないのだろう。
人間もエルフもろくなもんじゃないし、肉欲にまみれた女同士、その間に挟まれる哀れな毛玉のオレのことも少しは考えてほしいものであった。
「ボクは誇り高きエルフ。人間の指図は受けないよ」
それを証明するかのように、アンネはクスコを無視してたっぷりと間を置いてから、ぷいっとして細い背中を向けてそう答えた。
「ボクは古代文明のテクノロジーを研究している。すなわち、彼らの遺物と歴史に関して他の誰にも劣らない。ボクはキミたち囚人とは違い、この発掘隊の顧問にして専門家さ」
「わたしたちが囚人だと。いったい、何の罪でそのような」
「アレと戦って生き延びたこと。それが罪なのさ」
たしか、そんなようなことを前にも聞かされた気がするけれど、こっちのクスコは本当に心当たりがなかったようで考え込んでいた。
無理もない。オレだって何も知らないのである。
「キミたちが不用意に刺激して街の破壊を招いた黒ずくめの生き物は、やがて銀河を破滅させるサキュバスという存在だ。あいつらは銀河規模の繁殖のために、物理的にも精神的にも男を誘惑して玉袋を得て銀河規模の繁殖を繰り返す」
「それが、わたしたちとどう関係する」
「サキュバスには、見ることも触れることもできない不思議な力がある。男はもちろん、女も洗脳されて操られるかもしれない。それを考えれば、接触した人たちを即刻隔離して処分するのは当然だよ。常に最悪の可能性を考え、銀河に厳格な規制を敷くのがエルフの使命だし、それができるのもボクたちエルフだけさ」
「それは、つまり?」
「被害を最小限で喰い止めるためには、感染者を殺すしかない。キミたち劣等種族が石の槍で狩りをしていたころから、ボクたちエルフは科学の頂点にあって辿り着いた最良の結論がそれなんだよ」
正論尽くしの合理的なエルフ精神とは、こういうものだという見本であった。
これが中世なら鼻風邪でも死にかけるのだろうが、大宇宙時代にあっては、たいていの病気は薬と手術で治せるものだ。
ここへきて、超能力で心を乗っ取られて自らバケモノに玉袋を捧げかねない洗脳と、誰が感染者なのか分からない恐怖は、どんな薬でも治せない新手の病なのである。
オレたちが事件に巻き込まれた際、あの街の一角には大勢の人が居合わせたと思うが、そいつらがアンネの言う通りに隔離されて処刑されたのかは分からない。
あんなにも大量の市民、エルフ以外にも様々な列強の権益や陰謀が入り混じるシャーベットで処刑など物理的にも法的にも不可能だし、おそらくはアンネの誇張なのだろう。
それはそれとして、オレとクスコが本物の囚人に紛れて存在しているのも事実であり、ここでこうしているだけでも死ぬ危険のある状態に置かれていることは、謙虚に受け止めなければならないのだった。
「そんなワケの分からないことで大人しく殺されてはたまらない。そっちがエルフなら、わたしも誇り高い人間だ。とっくに没落したエルフの指図など受けない。わたしはシャーベット警備隊の一員として変わらず行動させてもらう」
そうして何をするかと思えば、クスコはオレの頭の上の獣耳を力強く握り、他の連中が消えた遺跡の入り口に向かって踏み出してみせた。
カネも遺物も子供もいらないオレにとっては最悪の展開だったが、それを科学の力で見透かしたらしいアンネはオレのシッポを両手で掴み、思いきり逆の方向に引っ張ってくる。
どっちもオレの脊髄を綱引きのヒモみたいにしてくれるから、銃で脚を撃ち抜かれたときの三倍は鋭い激痛が毛玉姿を駆け抜け、オレを真っ二つに引きちぎらんばかりに取り合いをはじめたのだ。
そこには愛情も思いやりもない。代わりに女だてらの力だけが込められていき、人間もエルフも玉袋欲しさに男を痛めつけるサキュバス以外の何物でもなかった。
「この毛玉は犯罪者にして我が一族の所有物。わたしは、警備隊長として行方不明の子供の捜索の傍ら、この男を監視する義務がある」
「いやいや。彼は銀河で初めてサキュバスに勝利した勇者であり、研究所に持ち帰って冷凍保存しなければならない貴重なサンプル。人間ごときのために、そう易々と危険に曝してよい毛玉じゃないんだ」
もっともらしい理由をつけて言い争いが続けられているが、結局はオレの玉袋の中身が欲しいだけの卑しくて醜い女の戦いが繰り広げられる。
その間、オレの毛深い身体は容赦ない暴力によって傷つき、ぶちぶちと音を立てて全身の毛をむしり取られてハゲ上がっていった。
これだから女は嫌いなのだ。生まれつき子宮があるというだけで本質的にはオレの母親と大して変わらない。この銀河で最も恐れられる獣人の女王と同類なのである。
もはや、ここで楽しく生き長らえる可能性も潰えた。クスコとアンネという二人のメスが女らしく髪の掴み合いをはじめた隙に、オレはたまらず四つ足で逃げ出して遺跡の入り口から暗い奥底へと潜って隠れた。




