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エルフのアンネ

 エルフは現存する銀河文明の中で最も古く、この宇宙に秩序を築いた知の民として崇め奉られているわけだが。それは、言うまでもなくエルフが捏造した歴史である。


 傑出した科学力と最先端の技術を持ち、獣人の軍事力の百分の一にも満たないものの、圧倒的な質を創造して同等の戦闘力を維持していた。


 何百年という長い間、エルフは純粋無垢な暴力によって異種族を制圧し、銀河の支配者として君臨していたのだから、聡明で思慮深い知の民などと聞いて呆れる。


 まあ、たしかに、エルフの知能指数の平均が二百前後というのは証明されているし、世間一般の大学生より十才のエルフの方がずっと賢い。


 まるでダッチワイフの工場から送られてきたような作られたも同然の美貌もエルフの特徴だけれど、それを露骨に鼻にかけて異種族を見下しくさり、当たり前のように差別してくるのもエルフなのであった。


 そういうわけで、オレのような毛玉をゴキブリ程度にしか思っていないエルフの科学者に見つかってしまったら最後、得体の知れない緑色の薬が入った注射をぶすりと刺され、突然変異で女体化する一部始終を熱心に観察されることになる。


 いずれにしろ、科学の名の下とあらば、どんなに下品でおぞましいことでも平然とやってのけるのがエルフなのだ。


 そんな連中が銀河の法と秩序の代弁者というのは、どう考えても無理がある。


 ただ、もっと分からないのは、オレとクスコを便所から引っ張ってきた白衣のエルフが今度はあばらの浮き出た貧相な裸を剥き出しにし、金色の長い髪を触手のようにまとわりつかせながら迫ってきたことだった。


「ぐるる・・・」


 たとえ肉付きが悪くともエルフが絶世の美人なのは間違いない。


 いつものオレであれば、こんな破廉恥な女は肉球で揉み解して肉も骨もしゃぶり尽くしているところだが。毛深い血筋の先祖から受け継いだエルフに対する警戒心は、肉欲よりも生命を優先するほどに恐ろしい教訓として刻まれていた。


 オレは手足の肉球をひんやりとして冷たい床にめり込ませ、四つ足の獣となって威嚇を続けているものの、尻から生え出るシッポは股ぐらの男根よりも正直に萎えて衰え、エルフを前にして完全に怯えきってしまう。


 初対面のエルフが裸になって誘うなど、何かの陰謀に決まっている。オレのような毛玉を下賤と蔑み、石を投げつけて唾を吐き捨てるのが何億年も不変でいる宇宙の理だというのに、この女はどういうつもりなのだ。


 考えれば考えるほど深みにはまりこみ、ここまで来てまだバケツに吐いているクスコを盾にしてエルフを睨みつけることしかできなかった。


「何のつもり?」


「てめえこそどういうつもりだ、こら」


 オレが柄にもなく人間娘の陰に隠れて怯えていると、エルフは本当に不思議そうな顔をして大きなため息をついた。


「ボクはキミが『アレ』と相見えるどころか、交尾までして生きて帰ってきたというから、さぞ立派な男なんだろうと思って期待していたのに。がっかり」


「それとこれがどう関係あるってんだよ。だいたい、お前こそ誰だ。どこのエルフだ」


 オレがそう言うと、エルフがずずずっと踏み込んできて思わず後ずさりしてしまったが、裸の胸に片方の手を当てて一礼し、オレたち劣等種族に品格というものを見せつけてきた。


 ここでこうして懐妊してつわりがひどいクスコも貴族だったと思うが、もともと、屋敷で花でも見ながら茶菓子をつまむ種類の女ではなかった。


 軍人貴族というのは、あくまで軍人の枠に収まっている一族である。大きな武勲を立てて将軍にでもなれば、平民でも成り上がれるわけだから貴族としての位も低い。


 それでも、給料はたっぷりもらって植民星に別荘もあると聞いたことがあるし、泥臭い人間娘と神に選ばれたエルフ娘というだけの違いであった。


「ボクはアンネ。使命と探求心を糧とするエルフの科学者。本来、キミたちのような劣等種族に名乗る名前はないんだけど、ボクはキミという毛玉に学術的な興味がある。だから、この関係が不快な結果で終わらないよう、多少の手間は惜しまない」


「ふうん。ただの戦争帰りの毛玉がそんなに珍しいか」


「アレと出会ったのに、まだ生きてるってところが面白いんだよ」


 アンネは気持ち悪いほど綺麗な顔にかかっているメガネをくいっとやり、それからオレという子犬を驚かせないように、ゆっくりと時間をかけて近付いてくる。


 それから、ベッドの上に細い脚で乗ってきて慌てて逃げるオレを追う前に、倒れて辛そうにしているクスコの背中をさすりながら、胸や首に指を当てて調べていた。


「お前、医者なのか」


「解剖学の実習で医者として働いてただけ。エルフの身体は意外と硬いんだよ」


「だからって、そいつ解剖するなよ。嫁入り前の女だぞ」


「キミの恋人は問題ない。おなかの赤ちゃんもね。ちなみに、エルフは女しか生まれない種族だし、ボクはキミしか興味ないからセクハラじゃない」


 そういう問題でもない気がするけれど、クスコが義務的な感情で子供を産もうとするのは親の意向でもあるから、母体や胎児に何かあれば人類政府が黙っていない。それは、オレ個人の意思など関係のない次元の話なのだ。


 人間と獣人の新たな戦争によって銀河が混沌とする間に、エルフが遺物を独り占めしようと企んでいる可能性も十分にあるし、結局はオレのせいになるのだから、抵抗できないクスコがエルフに弄られるのを見ていると落ち着かなくなってくる。


 とりあえず、オレはアンネの腕を掴み、ひょいと曲げたらそのまま取れてしまいそうなほど細い彼女をどかしてクスコとの間に割って入った。


「自己紹介は済んだろ。お前もオレの股ぐらで昇天したいってんなら、まずはこの辺鄙な場所から出してお茶でもさせろよ。話はそれからだ」


「そう。獣人はエルフを目の敵にしてるから、もっと噛みついてくるのかと思ったけど。キミは話が分かる毛玉みたいだ。余計に興味が出てきたよ」


 アンネはオレの毛深い手をそっと振りほどき、またメガネをくいっとやってから、その赤い眼でまじまじとオレの鼻づらを見つめた。


「でも、ボクはただの科学者。ここは人間の軍の施設であって、ボクもキミと同じ参加者に過ぎないからね。街で起きた事件の後、キミたちがここに連れてこられたと聞いたから、なんとか追ってきただけなんだ」


「遺物掘りで無罪にするってあれか。オレは行かねえぞ」


「行かなきゃ殺されるよ。まー、行っても死ぬようなもんだけど。ここに集められたのは警備局の地下に閉じ込められてた極悪人ばかりだし、キミたちも同じようなものでしょ」


「こいつはともかく、オレは死刑にされるような覚えはねえぞ」


「そう。じゃあ、アレに気に入られたのがキミの運の尽きなのさ」


 さっきからアレやコレと年寄りのボケを散々に聞かされているが、どいつもこいつもエルフというのは理解に苦しむ。頭が良すぎて逆にバカになったという方が納得できる。


 こうしてエルフと鼻づらを突き合わせて喋るなんて、この宇宙広しといえど滅多に起こりうることではないし、処女信仰で知られる国教も相まって貞操観念が極めて厳しい耳長美女と交尾するのは、さらに困難で貴重な機会となるだろう。


 だが、このアンネというエルフ娘の真意も不明だし、エルフが一切の油断もできない危険な相手であることは明らか。


 とにかく、まずは生き延びなければならない。肉欲に毛玉姿を委ねる前に殺されてしまっては元も子もないのだ。


 オレは子種を注げと言わんばかりに挑発するアンネの裸体を前に、肉欲と生命、二つの本能の狭間で鼻づらからヨダレを垂れこぼしながら、エルフの子宮を渇望する股ぐらの男根を鎮めるだけで手いっぱいだった。

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