第98話 学力テスト終了
英語、数学、国語が終わり、昼食になった。
朝のHRでの先生の脅しが効いたのか、学食に行こうとする人は少なかった。
今日はお袋が弁当を作った。
というより昨日の夕飯がそのまま弁当になっている。
須藤はいまだやつれた感じだ。
それが朝から引きずってるのか、今の試験が難しかったからかはわからない。
佐藤は上機嫌。
そこにあやねると、驚いたことに今野さんが加わった。
この昼食の少し前に今野さんがあやねるに話しかけていたが、こういうことだったらしい。
今野さんの魂胆は非常に解りやすかったが、その対象に景樹はあまり気にしていなさそうだった。
それに対して、あやねるは少し暗い。
「英語得意のつもりだったのに、あんま、出来なかった。」
という理由らしい。
「俺は結構できたかな。光人はどう?」
「もともと英語は苦手なんだけど、やっぱり駄目だね。その代わり数学はそこそこよかったかな。」
「数学出来るんだ、白石君。私はいまいちだよ。もともと得意じゃなかったし。」
あやねるはお弁当をお母さんの真理子さんに作ってもらったらしい。
今野さんは自分の手作りアピールをしていた。
当然そのアピール相手は上機嫌の景樹に、だ。
「須藤、大丈夫か?」
「テストはさっぱりだ。」
「いやいや、テストもさることながら、本当に体調悪そうだぞ。」
「ただの寝不足。食欲もそこそこあるから。」
ただの寝不足、ねえ。
須藤は毎朝、新聞を配達しているから基本朝が早い。
その分早く寝るって言ってたけど…。
どうも、勉強で遅くまで起きてたって感じじゃない。
さっきの、俺が関係してるってのもなあ。
「明日は今日のテストの解説で、金曜から正規の授業だよな。」
「うん、佐藤君。そうだよ。一応6限にLHRがあって、親睦旅行の説明があるって。」
「土曜はその親睦旅行のための会ってことだったな。」
景樹の発言に今野さんが反応して、一応班長の景樹が土曜について説明。
来週の月曜から2泊3日で親睦旅行の予定である。
多少はクラスの人たちと話す程度にはなったものの、この親睦旅行で、クラス内のよそよそしい雰囲気を変えるのが目的。
そのスケジュールの中には、クラスをばらばらにしての班編成で、オリエンテーリングも計画されているらしい。
特進クラス、内部進学組、外部受験組とクラスがわかれている現在、少しでも同じ学年の親睦を促す目的らしい。
2年生からは、理系文系に別れてクラスわけがあるため、少しでも和を広げたいと学校の考えとのことだった。
もっとも、友人関係なんて強制的にできるものではないのだから、学校側の配慮が空ぶる可能性は大いにあるんだけど。
「私、中学の修学旅行で風邪ひいちゃって、いけなかったんだ。だからこの親睦旅行、ちょっと楽しみなんだ。」
今野さんがそんな話をして、少し場が重くなった。
全然知らない中学のことで、いまさら言われても何を言っていいものやら。
俺はそんな風に考えてしまった。
「えっ、そうなの?それじゃあ、この力、いっぱい楽しんじゃおう!」
その雰囲気があやねるの一言で消し飛んだ。
あやねるはスケジュールの表を取り出し、今野さんにあれやこれや喋っていた。
「宍倉さんって、なんか凄い。ただの怖い人じゃないんだ。」
須藤から見たらあやねるはどんな女子に映ってるんだか。
でも、須藤の言うことはもっともだった。
少し重くなりかけた場をあっという間に通常に戻し、さらに明るい話題の提供に替えたのだ。
伊乃莉の知っている小学校のあやねるはきっとこんな感じだったのだろう。
「おい、光人。お前、宍倉さん見過ぎだぞ。」
景樹が小さな声で俺に忠告してくれた。
俺達とは違うところで食べていた塩入が突き刺すように俺を見ている。
このグループに入ることができず、やたら俺を睨んでいるんはよくわかっていた。
午後のテストが始まった。残りは理科と社会。
理科は割と得意で問題なく解けたと思う。
私立の高校受験は英国数の3教科。
そのため、最初から私立狙いは理科と社会にはあまり力を入れないから、もともと公立進学を目指していた俺としては、何とかなった。
この2教科の点数は、結構響くんじゃないかな。
放課後、景樹はサッカー部、あやねるは生徒会に出るため別々。
俺は須藤を誘って、帰ることにした。
須藤は疲れきっていて、とても部に顔を出す気にはなれないと言っていた。
二人で校門を出てバス停に着くと、背の高い女子の後姿があった。
「あっ、文ちゃんと光人君。二人も帰るの?」
日向雅さんだった。
「文ちゃん?」
俺の疑問形の呟きに、日向さんが笑った。
「しばらく文芸部にいたから、そんな感じになっちゃた。有坂みたいに呼び捨てもなんだから、ね」
そう言われた須藤はやつれた顔の割に赤みがさしてきてる。
照れてるね。
「じゃあ、駅まで一緒だね。」
日向さんの声に二人で頷く。
バスに乗り込み、一番後ろの席に3人で座った。
「日向さん、テストどうだった?」
1歳上の日向雅さん。
高校入学して1学期で学校を辞めたと聞いているけど、今回のテストはどうだったんだろう?
「さすがに、難しいとは思わなかったわね。それより文ちゃん、大丈夫?」
「ああ、やっぱり、何か知ってますね、日向さん。」
日向さんの須藤への思いやりは、やつれている、正確には寝不足の原因を知っているということだ。
「うん知ってる。本当に文ちゃんが可哀想でね。」
「日向さん、それ、あんまり言わない方が…。」
「文ちゃんも今日は逃げたんでしょう。文芸部行きたくなくて。」
「ああ、文芸部で何か問題が起きたってことですか。」
「というか、有坂のね、機嫌が凄く悪いのよ。」
やけに意地の悪い笑みを俺に向けた。
意味が解らない。
「何か理由があるの?そのギャル先輩の機嫌が悪い理由。」
「うん、まあ、あるんだけど…。そのギャル先輩って言い方、有坂の前では無しね。裕美って呼んでほしいって言ってたでしょう。」
「まあ、そんなこと、言ってましたっけね。」
「それで何だけど…。本当に白石君は注目の的になってるって知ってる?」
「えっ、俺が、ですか?」
「ほら、「女泣かせのクズ野郎」から始まったやつ。」
「そんなこともありましたね。」
俺はもうすぐ到着するバスの窓から外を見るように、目を逸らした。
「あんまり、そういう事言わないほうが…。」
「須藤君。有坂にいろいろ言われて悩んでるのは解るけどさ。結局は本人に聞かないと。」
「それは、そうなんですけど…。」
須藤の様子が、この話になってからおかしい気がする。
奥歯にものの挟まったような言い方。
「白石君、昨日の朝、このバス停でまた何かやらかしたよね。」
ちょうどバスが停車した。俺たち3人はそのままバスを降りた。
「昨日の朝?」
考えられることは静海の友人、神代麗愛という子に「イケメン」と言われたことぐらい、だよな?
「そう、昨日の朝、このバス停で凄い綺麗なうちの中学の女子に告白されたって!」
「はあ~。」
日向さんの言葉に、俺の思考が真っ白になった。