第25話 仁王立ちの静海
絶望的な気分で家に着くと、そこにはえ頭から角が生えてるんじゃないかと思われる静海が、仁王立ちで俺を迎えた。
「おかえり、お兄ちゃん。さぞや楽しかったんでしょうね。美男美女に囲まれて。」
「ただいま。でも、それ変だろう?俺があやねるや伊乃莉と一緒にいて、そう言われるのは、まあ認めんことは無いが、俺が爽やかイケメンといたって、楽しいってことにはならんだろう?」
「どうだか。朝も麗愛からイケメンって言われて、嬉しそうにしてたじゃない!」
「お前は一体何に怒ってるんだ?」
「別に怒ってないわよ。麗愛にイケメンって言われてデレデレ鼻の下を伸ばして立って、綺麗なお姉さまに囲まれて楽しいお勉強会をしていたって。大体何のお勉強なんだか。」
明らかに不貞腐れたように玄関に立っている静海は、自分の文句を吐き終わるまでは俺を家に入らせない気らしい。
「一体、明日テストがあるのに、他に何の勉強するってんだよ!」
「えっ、それは、保健体育とか、実技込みで…。」
「本当に何の話をしてんだよ、静海。なんかあったのか?」
「別に、私のお弁当に興味がないならそれはそれで別にいいし…。」
了解しました、怒ってる理由。
「お前が作ってくれたお弁当はおいしく頂いたよ、ありがとう。」
そう言って、鞄から空の弁当箱を取り出し、仁王立ちの静海に渡す。
静海はしっかりそれを受け止め、その重さから中身を完食してることを確かめた。
「最初からそう言ってくれればいいのに。でも、ごめんね、お兄ちゃん。卵焼き、うまくできなくて…。」
「そりゃあ見てくれは失敗だったかもしれんが、おいしかったよ。また、お願いしてもいいかな。」
俺の言葉に、さっきまでの仏頂面が消え、可愛い笑顔を俺に向けてくれた。
「う、うん。もうちょっと練習してから…、ね。今度は完璧な卵焼き作るから。」
「ありがとう、静海。その気持ちだけで十分だよ。お前も朝は忙しいんだから、余裕のある時に頼むよ。」
「うん、任せて!」
そう言って静海が、リビングへの扉を開けて俺の空の弁当箱を流しまで持って行った。
仁王立ちで睨まれたときはどうしようかと思ったよ。
(静海もいい子に育ってて、お父さんは嬉しいよ)
(ああ、言い子だな、静海は。ただ、ちょっと距離が近すぎる気がするんだけど…)
(そこらはよくわからんな。私には女兄弟はいなかったからな)
(そうだね、叔父さんだけだもんな)
俺はやっと靴を脱いで家に上がった。
「ただいま、お袋。」
「ああ、お帰り、光人。ご飯は食べてくるっていうから、今日の夕飯は明日のお弁当に入れるけど、いい?」
「うん、今日はごめん。急に景樹から奢るって言われちゃって。と言っても、景樹のお袋さんの馴染みの店みたいだったんだけど。」
「やっぱり、お礼、言っといたほうがいいかしら?」
「ああ、それはしなくていいって。というかしないでほしいと言われた。いろいろ忙しいみたいでね。」
「そう。わかったわ。でも機会があったらそのお友達、家に誘ってみてね。」
「了解。佐藤景樹ってやつだけど、近いうちに連れてくるよ。」
「お願いね。」
俺は頷いて2階の自分の部屋に戻り、制服を脱いだ。
そのままベッドに倒れ込む。
「ああ、疲れた。」
久しぶりの授業もそうだが、朝から予測不能の事が多すぎる。
よくわからないうちに、明日のテストが勝負の対象になってるし。
景樹のあの条件もわからない。
伊乃莉に対して何か思うところはある感じだけど、単純に恋愛感情ではなさそうなんだよな。
それ以上に、親父の言葉が引っかかる。
境界がぼやけてる。
知識的な話であれば、親父の知識は俺にとって、非常に都合がいい。
明日のテストでそれがどう出るか判断できそうだし。
だけど、人格や経験といった、パーソナルな部分が混同することは、正直怖い。
自分が自分でなくなるような気がする。
(そこまで心配する必要はないと思うな)
(それはどういう意味なんだ)
(現状をしっかりと把握しろ、光人。主は光人だ。私の意識は明らかに光人に準じるものでしかない。自分で言うのもなんだが、もう私は死んでるんだ。それをよく思い出せ)
そう言われてもな…。
「お兄ちゃん!お母さんがお風呂入ってって!お兄ちゃん、最後だから。」
「わかった。」
ドア越しの妹の声に、こちらも大きめの声で答えた。
俺は寝間着を持って、階下の風呂場に向かった。