第93話 景樹との勝負
「大江戸天っていけ好かない、男子がいるんだよね、1-Fに。なんか変に斜に構えてる奴が。この前の校舎案内で、やけに光人を睨みつけてたような気がしてたんだけど、日曜の件で、なんか納得いったんだ。そうだよね、光人。」
「ああ、いたなそんな奴。確か光人がそいつに逆ににらみつけたら、急に目を逸らして、ダセえなって思ってたやつ。」
二人とも気づいてたのか。
「えっ、私知らないよ。そんなことあったの?」
うん、あやねるは知らなくていい。
まさか、この高校で変な事してくるとは思わないけど、あんな奴は知らない方がいいよ。
「うん、まあ、大江戸天は主犯ではないけど、あの時の一人だ。親父から聞いた話だと、いろいろ複雑な家庭環境らしい。名字が3回変わったとか言ってたような気がする。」
「それ聞くだけでも、複雑そうだけど、だからって、人を傷つけていいとはなんないよな。」
景樹が俺の話にそう感想を漏らした。
「もし、光人にちょっかいかけるようなら私に言ってね。かなり、1-Fのことは抑えてあるから助けることは出そうだよ。」
「それは嬉しいけど…。あまり女の子には関わりを持ってほしくないな。何もないとは思うけど。」
「なんか、私だけ、仲間外れみたい。私だって光人君の役に立ちたいのに!」
あやねるが、なんか可愛いこと言ってきた。
と言っても、この件であまりあやねるを関わらせたくはない。
それでなくても男性恐怖症というトラウマを抱えているんだから。
「気持ちは嬉しいよ、あやねる。でも、今は男性恐怖症が少しずつ良くなってるとこだから、変に危ないことに近づかない方がいいよ。」
「うん、あやねるは少しずつ頑張ればいいから。何かあれば私や、光人、……それに。」
そう言いながら景樹を見ていた。
確かに俺はいいけど、景樹のことを一緒にしちゃ、まずいよな。
「ああ、俺でできることがあれば、喜んで手伝うよ。」
さすが場がわかるイケメンだねえ、景樹君は。
「うん、そう、だね。そんな変な人に関わらない方がいいのは解るけど…。でも、完全に光人君とは関わらないとは限らないんでしょう?その、校舎の案内の時だって、変に睨みつけてくるんじゃあ……。」
あやねるの心配ももっともだ。
中2の時も、まず智ちゃんをターゲットにした。
だけど大江戸は…。
「うーん、そこは何とも言えないけど、景樹の言っていた通り、あいつは俺が睨み返したらヘタるような根性なしだよ。自分一人だけで突っかかって来れる奴じゃあない。」
「ああ、確かにそんな感じ。虎の威を借る狐みたいで、悪ぶってるのはあくまで格好だけ。相手が強く言ってくればすぐに逃げを打つだろうし、強い後ろ盾か、大人数じゃなきゃ何もできないって、あの格好が物語ってたよ。」
伊乃莉のコメントの辛辣さはすさまじい。
伊乃莉自身が真に強いものを持ってるのはここ数日でわかってる。
でなければ、一人孤独の殻に籠っていただろうあやねるを、曲がりなりにも笑顔の欲に会う少女に成長させた人だ。
さらに大きな会社の娘でもある。
親御さんが変に甘やかさずに育てたからこその、今の伊乃莉なのだろうと思う。
大江戸ほど複雑ではないとはいえ、お父さんは先の奥さんを事故で亡くしている。
その経験からも、子供たちには愛情を注いでいることは、まがりなりにもこの俺の脳内に寄生している中年オヤジでよく知っている。
(光人君、それは親に対して失礼な物言いではないかい?)
(ほかに人がいてそちらと会話してる最中に、こう喋りかけられると、本当に俺の脳がパンクしそうになるんですよ!わかりますか親父さん)
(あっ、なんかごめん)
「当分の間は、あいつから粉掛けてくることは無いと思うよ。」
「でも、光人にやったことを考えると、よくこの高校に進学で来たな、あいつ。」
「俺もその時のことはよく知らされてはいないんだけど…。どうも、水面下で親父とそのいじめていた保護者たち、そして学校側で何らかのお取引があったようでね。警察はいれてたけど、14歳未満の子供の起こしたことに責任を取らせることができないとか何とか。だから、公表はせずに、誠意ある謝罪と対応で事を収めたみたい。つまり、内申書にそのことは載らなかった、そういうことだと思う。」
(そうなんだろう、親父)
(申し訳ないが、光人。その件に関しては何も言えないんだ。悪いとは思っているが…。ただし、その大江戸君が、今後お前や友人になんかするようであれば、すぐに対応する。それは約束するよ)
(信じてるぜ、親父)
そこで一瞬の沈黙があった。
「まあ、話すことは頬とんど話したと思う。ここらでお開きにしようか。参考程度とはいえ、明日はテストだしな。」
景樹の言葉に、俺を含め3人が頷いた。
「じゃあ、申し訳ないけど、景樹のお母さんに今回は奢ってもらうよ。よろしく伝えておいてくれ。」
立ち上がりながら、そう景樹にそう声を掛けた。
「ああ、言っとく。」
景樹がそう答えるとあやねると伊乃莉がそれぞれ「ご馳走様です」と言った。
「あんま、気にしなくていいよ。うちのお袋も将来有望な綺麗な女子と縁を持てて喜んでるから。後は本気でうちの事務所に入ることを考えてほしいってとこだから。」
喫茶店を出ると景樹がそんな本気とも冗談とも取れることを二人に言った。
その言葉に、あやねるはちょっと苦笑い。
ただ伊乃莉はJULIさんのことが頭をよぎったのだろう。
ちょっと考え込むようにしていた。
結構遅くまで話していたせいか、かなり周りが暗くなっている。
「気を付けて帰ってな。また明日!」
景樹がそう言ったら、二人は笑顔で手を振り、「じゃあね」と言って駅に向かった。
俺も駅に向かおうとしたところで、景樹に肩を掴まれた。
「なあ、光人。ちょっとした勝負をしないか?」
「勝負?」
唐突に景樹に言われた。
しかし、何の勝負か知らんが俺には景樹に勝てる気がしない。
「いや、お前に勝てる気がしない。辞退させてもらう。」
「そう直ぐ決めんなよ~。大したことじゃない。明日のテストの総合点を争って見たいんだ、光人、お前と。」
「なんで?」
「前にも言ったけど、受験前の俺の精神状態は、かなりひどかった。今は光人や部活の中のいい奴らがいるお陰で、かなりいい感じになってきた。さっきの勉強の時に思ったんだよ。光人となら結構いい勝負できんじゃないかと思ってさ。」
景樹の顔は笑っていたが、目は真剣だった。
「まあ総合点をあっらそうのは別に構わないけど、勝負となると、何か賭けるものがないと、そんなに真剣にはなれないぜ。」
「そう言いうと思おったよ。俺が勝ったらさっきの4人でどこかに遊びに行きたい。その段取りを取ってほしい。」
それくらいならできそうだが……。
だが、何故そんな条件を出す?景樹が伊乃莉にでも惚れたとか?
まあ、あやねるかもしれないが…。
いや、本当に惚れたのなら、おそらく景樹はこんな条件を出してはこないで、自分から行くだろう。
その前に俺に断りぐらいはいれるかもしれないが…。
「不思議そうな顔をしているな、光人。正確には4人で行きたいところがあるんだ。俺が言っても、変な目で見られるだけだろうが、お前ならそこはうまくやってくれるだろう?」
どうやら裏がありそうだが、景樹の言うことならほかの二人に悪いことはしないと思う。
のっかってやるか。
「まあ、いいけどさ。で、俺が勝ったら?」
「あ!」
こいつ、全くそのことを考えてなかったな。
さっきのことは勝負なしでも考えてやろうと思ったが、そういうことなら、勝ちに行ってやる!
「ああ、そうだな。光人が勝ったら、お前の言うことを1回聞いてやるよ。どうだ?」
本当に何も考えてなかったし、とってつけたような提案だな、景樹君。
「まあ、いいよ、それで。じゃあ、明日のテスト、総合点勝負ということで。」
「おお、ありがとう、光人。やる気でてきたわ!じゃあ、明日。負けないぜ。」
「ああ、明日な。また。」
俺はそう言って、駅に向かった。