第9話 伊乃莉を気にする景樹
「もう、酷いよ、光人君。一緒にやろうって、あれほど言ったのにさ!」
「それは言われても困るよ。最初からやれないって言ったよね、あやねるさん。」
「だからって、選挙管理委員会やるならさあ…。」
あやねるが少し僻んでる。いくら言われても、生徒会に近づく気にはならない。
でも、委員長に塩入が決まるとは思ってもいなかった。
そう思ってたら、全く俺を見ないで塩入があやねるに近づいてきた。
「宍倉さん。これからの学級委員、1年間よろしくね。」
爽やかスマイル全開で、あやねるに挨拶に来た。
「もしよければ、一緒にお昼でもどう。今後の委員の話とか、生徒会の話としたいし。」
おお、グイグイ来るなあ、塩入。
でも、その積極性、あやねるはあまり好きじゃないと思うよ。
「ああ、そうね、必要かもしれないけど…。今日、私、ちょっと生徒会に行かないといけないから。それに、親睦旅行が終わってから、生徒会から招集かかるんで、それからでいいと思うよ。」
やんわりと、お断り。
一瞬、爽やかな笑顔が崩れ、かなりの不機嫌な顔が現れたが、すぐにまた笑顔を作る。
そういうことを今までもしてたんだろうな。
笑顔を魅力的に感じた女子は、その後の不機嫌顔に、たぶん、恐れをなす。
「そうか、じゃあ、仕方ないかな。でも本当にこれからよろしく、な。」
「ああ、う、うん、よろしく。」
そう、どもりながら塩入に挨拶を返した。
その後ろにいる俺に一瞥をしたかと思ったら、かなり不機嫌な顔を俺に向けて、そのまま立ち去った。
もしかすると、俺がいなかったら強引にあやねるを連れ出したかもしれない。
「ああ言うのが出てくるから、光人君に頼んだんだよ。」
「ごめんって。まさか塩入が委員長に立候補してくるとはな。全く想像してなかったよ。」
(嘘つくなよ、光人。お前と彩ちゃんの話を聞き耳立てたのは知ってたんだろう)
(わかってはいたけど、まさか委員長になんか、なるとは思わなかった。こんなめんどくさい役回りする奴じゃないだろう)
(だから二人っきりになれるチャンスが増えるってことだろう。彼からしてみればおいしい役回りってこった)
(言われれば、そうか…。でも、俺はやってる暇があるとも思えないし…。なにより、柊先輩とは当分距離を取っておきたいし、さ)
(わからんでもないけどな)
「あやねるは生徒会の仕事って結構かかるの?」
俺は親父との会話を打ち切り、俺に視線を送ってきたあやねるに聞いた。
塩入とのウザい絡みから解放され、少しほっとした感じ。
「大したことないよ。無事にクラスの副委員長になっれたって報告と、親睦会で生徒会に興味がありそうな人の声かけについての注意事項の確認って感じ。」
「俺と須藤は昼めし食って、文芸部に向かうことになってるけど、一緒に昼は取れないか。」
かすかに須藤のほっとしたようなため息が感じられた。
「あ、それなら先にご飯食べるよ。一緒に行こう!」
「ああ、いいよ。な、須藤」
振り返って須藤にいいか確認しようとしたら、睨まれた。
そこまであやねるを忌避しなくても…。
「じゃあ、学食行こう。まだ早いから空いてるだろうから。」
そう言って俺は立ち上がった。
須藤もしぶしぶ立ち上がる。
「とりあえず荷物は置いといていいよな。一度この教室に戻って教科書も一部は持って帰るとしよう。」
「うん、そうだね。」
あやねるもそう頷いて、立ち上がった須藤を見る。
こちらからは解らないんだけど、須藤の顔に明らかな動揺が似て取れる。
あやねるの表情にビビってることは間違いない。
でもね、あやねるさん。
さ、須藤と文芸部に行く話したんだからついて来ようとしても当たり前だと思うよ?
「あーと、えっと。」
須藤が明らかにキョドッている。
さてどうしたもんか。
「おお、光人、これから飯か?」
後ろから爽やかイケメン君が登場した。
「ああ、3人で学食行こうって話してた。景樹も行くか?」
救世主現る。
蛇に睨まれた蛙状態の須藤が、景樹の言葉に固まっていた体が動き始めた。
一人の邪魔ものの排除をしようとしていたあやねるだが、景樹が来た以上、俺との二人っきりという状況は、もう望めなくなったのだろう。
須藤に襲い掛かったメデューサあやねるは霧消した。
「あんがと。じゃあ、ご相伴にあずからせてもらうよ。」
これが俺とあやねるの二人であれば、気を利かせて辞退するところだろうが、固まっていた須藤を見て、一瞬で状況を理解したに違いない。
あやねるが人に見られないように軽くため息をついていた。
「そういえば、宍倉さん。友達の鈴木伊乃莉さん、呼べる?」
本当に何の衒いもなく、景樹があやねるに尋ねた。
「ああ、どうだろう?F組が終わっていたら大丈夫だと思うよ。」
「Ligneで聞いてみてくれる?できれば聞いてみたいことがあって、さ。」
景樹が、照れもせずにあやねるにそう頼んだ。
おっ、新しい恋の予感。
「いいけど、佐藤君、いのすけに惚れたの?」
おお、直球勝負のあやねるさん!
「惚れたってわけじゃないんだけど、ちょっとね。」
別に照れたり、顔を赤くすることもなく、そういうイケメンは、この手の会話になれているのだろうか?
「まあ、伊乃莉への連絡してもらいながら、学食に移動しよう。」
俺が言うと、みんな立ち上がって、学食に向かった。