第88話 尋問官 宍倉彩音、再び
「やっぱり、光人君はずるいよね。」
急にディスられた。
けれど、それでいい。
あの可愛いあやねるの笑顔からは離れてしまうかもしれないけど、あやねるの心が閉じられて、本来なら楽しい青春のページをいくらでも増やせるこの時期を、棒にしなくていいのだから。
「そんなに私のことを思ってくれてるって聞いたら、もう怒れないよ。」
あれ、考えてた方向と違う気がする。
「いのすけもごめんね。いのすけが私のことを考えないはずない、って知ってたのに…。光人君の過去のひどい話を聞いて、さらに家まで送ってもらってたのを目撃してたら、信じられなくなっちゃって…。さらに偶然にあったのではなく、あったところも嘘をつかれてたと思ったら、なんだか悲しくなっちゃって。本当にごめんなさい。」
あやねるが伊乃莉に頭を下げている。
いや、これはこれでいいんだけど、さ。
「ううん、違うよ、あやねる。嘘はつくべきじゃなかった。私と光人が二人きりで会ってると、きっとあやねるが悲しむんじゃないかと思って、つい、口から……。私の方こそ、本当にごめんなさい。」
うん、この関係が壊れなかったことはよかったんだよ。
それはよかった。
だからこそ、一生懸命辻褄が合うことを考えたんだからさ。
「昨日、柊先輩が同じ路線だから一緒に帰ったでしょう?先輩は途中だけど、この調子なら、近いうちに大丈夫じゃないのかな、なんてことも思えて来てたんだ。」
ああ、そういえば、昨日一緒に柊先輩と帰ってたね。
あやねる、伊乃莉と一緒に。
そうか、そういう風に前向きに動き出してたんだね、あやねる。
「そうか、それならよかった。あまり気にしなくてよかったんだね。ごめんね、変な気を使って。」
これでいいはずだ。
伊乃莉も俺の嘘に乗ってくれた。
これで二人が会っていた事実については嘘はなくなった。
何故嘘をつかなければならなかった、ということも、この調子なら、何とか納得を貰えたようだ。
伊乃莉もそれでいいというように、頷いている。
嘘を隠すなら、その嘘を上書きして、ぎりぎりの真実と噓を混ぜればいい。
今、あやねるに隠したこと。
これは推測でしかない、あやねるが心の纏っている鎧について。
あやねるの記憶の封印について、だ。
きっとその日が来たら、自分自身で思い出すことになるのだろうか?
仮に思い出す日が来た時、その心のケアが出来る位置にはいたい。
本当にそう思う。
「じゃあ、宍倉さん、光人と伊乃莉さんが密会していた件については、納得したということでいいかな?」
「えっ、密会?」
「密会って…。」
「景樹、言うに事欠いて、お前。」
俺はあやねるがその言葉に過剰に反応し、あまりの単語に伊乃莉が絶句した後に、景樹の無責任な言いように文句を言った。
「適切な表現だと思うな。大切な友人のために、その友人に内緒で会ってた。密会以外の適切な単語が、俺には思い当たらない。」
正論である。
そして下手にあやふやにせず、しっかりと俺は説明した。
その密会とやらの、嘘の趣旨を…。
もしかしたら、俺の言葉に嘘の匂いを嗅ぎつけやがったのかもしれないか、この佐藤景樹ってやつは。
「うん、まあ、密会と言われると、別の感情が出てきそうだけど…。」
あやねるが一応の納得をしたことを言ってるけど、その「密会」という単語が急に自分の感情に火をつけそうであることをも、告白してきた。
「友人同士の話し合いには、その「密会」という単語は、どうも…、なんか隠微な意味合いが絡む気がする。」
伊乃莉の不満はもっともだと思う。
景樹はあやねるが自分のことは「男性が苦手」という自己紹介を聞いているはずだ。
事実、最初に景樹は俺との絡みで、あやねるから距離を取られていたことは知っている。
だが、あやねるについては、ほぼ何も知らないはずだ。
「男性が苦手」の意味が、クラス内では、私には告白なんてしないでよ、と一部の女子にとられてそうではある。
自分は可愛いがあんたらとレベルが違うのよ、とお高くとまっているように取られているという噂も耳に入ってきている。
入学式から、「男性が苦手」と言っているあやねるが、俺だけに距離が近いというのがその根拠なのだろう。
こんな非モテ陰キャモブの代表のような男に対して、その距離感が怪しいということだ。
「いのすけの嘘については事情が分かりました。」
あやねるが改めてそう言った。
「変な態度をとって、いのすけ、光人君、ごめんなさい。」
改めて謝られた。
「いや、こっちこそごめん。自分のことでこそこそされるんって、嫌だもんな。」
「私も、二人でいたのを見られた時点で、ちゃんとあやねるに説明すればよかったね。嘘をついてごめんなさい」
二人で頭を下げた。
「ということで飯食わないか?ここ、軽食も置いてるから。腹減ったよ。」
急に景樹がそう提案した。結構いい時間だ。
「さっきも言ったけど、ここの会計は会社持ちだから先なもの食べていいぜ。」
「何か悪いけど、そうさせてもらうよ、景樹。いろいろあってカロリー使って、腹減ってんだ。」
変に遠慮すると、二人の女子も言いづらいと思って、俺はそんな風に言った。
が、これは別にいらないおせっかいだったようだ。
「佐藤君のお母さんに甘えさせていただきますね。まだ先は長そうですから。」
ン、先が長い?
景樹もあやねるのここ言葉に引っかかったようだ。
だが伊乃莉は至極当然、というように何度も頷いている。
「これからは議題を変えます。今朝、中学生にでれでれになった、被告白石光人君についての尋問を開始します。」
尋問官・宍倉彩音、再び。