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第86話 尋問官 宍倉彩音

 あやねるが、伊乃莉の言葉とその後の視線に不快感を示した。


「正直なのはいいことです。もしここで嘘をつけば、この場ですぐに悠馬君に連絡を取るとこでした。」


 が、言ってることはそう言った雰囲気を出さずに、違う事実を口にした。


「あやねる、あんた悠馬と連絡先交換してたの?」


「この前、いのすけの家で。最悪、悠馬君となら電車に乗ることが出来るかと思ってなんだけど、悠馬君は静海ちゃん絡みの思惑があったみたい。」


「ああ、なるほど。」


「いのすけに言わなかったのは、このところのいのすけの挙動に不安があったからだけど…。まさかこうも早く、切り札を見せてしまうとは思わなかったっよ。」


 ヤバイなあ、これ。

 俺が怒られるだけならいいが、伊乃莉に不信感が芽生えていることはいただけない。

 結構いい感じにコミュニケーション能力が成長しつつあるあやねるの心が、また閉じられてしまう可能性がある。


「話を聞いてくれるか、あやねる。」


 俺は思い切ってそうあやねるに向かって声を掛けた。


 あやねるの氷の双眸が俺を見た。


「話を聞くために来ました。光人君がしっかりと話してくれるのであれば、聞く準備まで来ています。」


 丁寧語ってこんなに怖いんだ。知らなかった。


 俺の真向かいにあやねるが座っている。

 その前に置かれたココアが湯気を微かに上げていた。

 あやねるも緊張しているのであろう。

 そのカップを持ち上げて飲むその手が微かに震えている。


 緊張するのは充分に理解していた。

 今、俺から語られる内容によっては、信用していた人物、伊乃莉の裏切りが明らかになるかもしれない。

 そうなればあやねる、宍倉彩音という少女はまた、心を閉ざしてしまう。

 自分を守るために。


 伊乃莉と二人で会うこと、これは絶対に必要な事だった。

 この今にも壊れそうな少女の境遇を理解するには。

 そして、近い将来、宍倉彩音が記憶を取り戻した時の対処を考える必要があったのだ。

 だがその話し合いの場に、宍倉彩音本人はまだいてはならない。

 強制的な事実の突きつけは、今のかろうじてバランスの取れている少女の心を壊してしまう可能性が高い。


 伊乃莉が何を考えているかまでは、全く俺にはわからない。

 特に帰りがけの頬へのキスがどういった感情から出たことかはわかりようがなかった。


 それでも俺と伊乃莉があっていた時点で、今あやねるが邪推していることは何もない。

 それは断言できる。


 だからと言って、その内容すべてを話すことが出来るわけがなかった。


 最低限、俺に対して幻滅するのは避けられない。

 であれば、一番のよりどころである伊乃莉に対しては、不信感を拭う方向で話をしなければならない。

 それを心に誓った。


「まず、あやねるに嘘をついたことは申し訳ないと思っている。ごめんなさい。」


「嘘をついて二人で合っていたことは認める、ということですね、光人君。」


 あやねるからの眼差しはかなりの怒りと、少々の悲しみが見えたのは俺の自分勝手な妄想だろうか?


 俺は目の前のアイスコーヒーにガムシロも、ミルクも入れず、一口飲んだ。


 苦い。

 親父はよくこんなものを飲めるもんだ。


 だが、その苦さが、俺の言うべきことを鮮明にしてくれた。


 何故、二人で合っていたか?宍倉彩音に隠れて…。


「まず最初に、二人で会おうと誘ったのは、俺だ。伊乃莉ではない。」


 にしては気合の入ったメイクだったと、俺の中でその時の伊乃莉が蘇る。


「光人君から、なの…。」


 少し悲しそうにしている。仮に俺を嫌ってくれても、それほどの痛手はないはずだ、この少女の心に…。


 伊乃莉の目が驚きで見開かれている。

 いや、驚くことじゃないだろう?

 俺から誘ったのは事実だし。


 何が言いたいかはわかるけどね。

 ほとんど彼女みたいな美少女の友達に手を出す「女泣かせのクズ野郎」の完成形。


「どうしても早い段階で話す必要があったんだ。あやねるのことで。」


「私の…。」


 あやねるが、訝しむ。

 そりゃあそうだ。

 本人のいないところで内緒の話をされちゃあ、いい気はしない。

 だが、それも時と場合による。


「私のことなのに、私抜きで二人が会ってるって…。」


 今のあやねるは悪い方へ、悪い方へ想像力が働いてしまってんだろうな。


 これからの話に納得してくれるといいんだが。


「そ、それは失礼じゃない!」


「確かに非難されてもしょうがないな。」


「光人!」


 目の前の紅茶に手を付けずに聞いていた伊乃莉がたまらず俺に声を掛けた。

 心配でしょうがないんだろう。

 今にも泣きそうだ。

 ここで泣かれると、あやねるの邪推が本当だと思わせるから、それは勘弁してほしいところだ。


 軽く手を挙げ、伊乃莉を制する動きをする。

 本当は伊乃莉に顔を向けて「大丈夫」と言いたいとこだが、そんなことをすればあやねるの邪推は加速することだろう。


 本当は、この手の動きもしたくなかった。

 だが下手なことをされると、俺の思惑とは違うほうに行ってしまいそうだった。


 きっとあやねるの頭には、彼女に別れ話を切り出す男性と、新しい彼女がいるような修羅場の妄想が展開されているに違いない。

 恋愛フィクションの定番ってやつだ。


「まず誤解しないでほしいんだが、別に俺と伊乃莉に色恋沙汰は一切ない!」


 敢えて言い切る。

 この言葉に複雑な表情は、お願いだからやめてください、伊乃莉さん。


 完全にあやねるの視線が俺に張り付いてるからいいものの、もしその表情を見たら、俺が嘘をついていると思われちゃうよ。


 今の3人の状況を、完全に好奇心だけの第三者とみている奴、佐藤景樹。

 優雅に自分のコーラを飲みながら、この話の終着点に興味津々だ。


「それと個人的にあやねるとの交流に関しての相談でもない。」


 この言葉はいい方にも悪い方にも聞こえるだろう。

 好きだからこれからどうすればいいか、まとわりつかれてウザいんだけど。

 この二つの相反する相談は、確かにその子の親友に相談することになる。

 ラブコメのすれ違いネタだ。

 そういった話でないことも暗に伝えたつもりだ。


 あやねるの顔が混乱している。

 この時点であやねるの創造は打ち止めかな。

 そうするとこれから言うことを信じてくれやすいだろう。


「いま、あやねるはこの高校の通学に電車を使ってるよね。」


 この問いかけに、あやねるの明らかな動揺がみてとれた。


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