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第85話 喫茶店の4人

「今は別に考えなくていいと思うよ。」


 景樹が、先程の母親の言った言葉に対しての正直な想いを口にした。


 いま、俺と景樹、あやねる、伊乃莉の4人は西舟野駅近くの喫茶店にいた。

 ここでの飲食は全て芸能事務所ジュリに会計が行くことになっていた。


 すでに陽が沈み、あたりは暗くなり始めている。


 明日に学力テストってものがあるんですけど…。

 ここでこんなことしてていいのでしょうか?


「鈴木さんは、正直どう思ってるの、モデルの誘い。」


「その前に、景樹君。君も佐藤という一般的な名字が嫌で、下の名前で呼んでほしい、みたいなこと言ってたよね。今回は特にお姉さんのJULI様や、社長の真里菜さんが、皆同じ名字だかっら、名前で呼ぶっていうのもあるけどさ。でもやっぱり、私は君を景樹君と呼ぶことにした。だから、あんたも私を「伊乃莉」もしくは「いのりん」と呼ぶように。特に間違っても「いのすけ」とは呼ばないようにね。いい?」


「ああ、わかったよ。違うクラスだし、そこまで仲がいいってわけでもなかったから、とりあえずの名字呼びだったんだけど、これからは伊乃莉さんと呼ぶようにする。本当に事務所に所属するということにでもなれば、逆によそよそしいしね。」


「そういうことで、よろしく、景樹、君。」


 ふむ、そこが距離の開きってことか。

 俺が呼び捨て、景樹は君付けね。


「話を元に戻すよ、伊乃莉さん。モデルのこと、少しは心が動いた?」


 この問いには、結構葛藤があるらしい。

 伊乃莉は元々、景樹の姉で現役女子大生モデル、JULIに憧れていた。

 実物に会ったら、卒倒するくらいに。

 そして、伊乃莉の本気メイクは、ついこの間目の当たりにして、衝撃を受ける程に綺麗だった。

 そう、伊乃莉はそういうものに興味が、というか美しいものを見るのも作るのも好きなはずだ。

 心が揺れないはずはなかった。


 だが、考えこむ伊乃莉のために、一瞬の間があった。

 俺が絶対にこの組み合わせでは作らないようにしようとしていた隙間。

 景樹と伊乃莉がかなりの会話をしていたので油断してしまった。


「景樹君も見たんだよね、伊乃莉と光人君が二人でいるところ。」


 4月も中旬になろうかというこの日、少し暖かくなってきているはずなのに、ピンポイントで氷点下まで下がったような錯覚に陥った。


「教えてほしいんだけど、その時の状況。」


 冷徹な尋問官、宍倉彩音、登場。


「私が聞いているのは、光人君たちが同じ中学の人と会うために、津田川駅にいた時、弟と買い物に来た伊乃莉と偶然にあったって聞いてるんですけど!」


 そんな説明、した記憶があります。

 その後に一緒に友人の恋人紹介からの、俺の黒歴史、いじめの真実とやらが明かされて、何故か俺の家に伊乃莉がやってきたという物語。

 極力嘘は言わないようにしていたんだが、待ち合わせが津田川なのに、なぜ俺と伊乃莉が西舟野駅の近くにいたことについて、充分に説明することができずに、津田川で偶然会ったというファンタジーを話してしまったんだよなあ。


「光人、お前が宍倉さんに何と説明したか知らんが、もう運は尽きてると思え。俺は、さっきの母親の言葉がある以上、宍倉さんにも、伊乃莉さんにも真摯な態度で接する所存だよ。」


 景樹のお母さん、軽脳事務所の所長、佐藤真里菜さんは、あやねるも芸能界に勧誘してきたのだ。


 あやねるが抱える諸問題は、とても芸能界などという世界に足を踏み入れられる状態でないことは当の本人に加え、俺も伊乃莉も十分理解していた。

 ただ、荒治療としてはあり、という見方をする奴もいるかもしれないので、多くは語らなかったが、あやねるは即座に断っていた。


 ただ、一度の拒絶でへこたれるような人ではなかったらしい。

 ほぼ無理矢理に真里菜さんは名刺をあやねるに押し付けていた。


「じゃあ、樹里さんの言ってたことは本当なのね。西舟野駅前で男性に絡まれたいのすけを光人君が助けたっていう。」


「ああ、その通りだよ。そんなに近くはなかったから、会話までは解らないけど、結構やばい雰囲気、不穏な空気って言ったらいいかな?そういう感じがしたんで、駅前の交番を確認して、飛び込もうかと思って準備してた。」


「そこら辺のことは聞いてる。その時の状況には嘘はないと思う。その場所に嘘があっただけ。だよね、光人君!」


「まったくその通りです。」


 あやねるの笑ってる顔は好きだけど、この冷たさは堪えるわ。

 隣に座っている伊乃莉はこちらに視線を向けようともしない。

 だが、お前も当事者だからな、伊乃莉!


「その時に伊乃莉さんはかなりの恐怖があったんだろうね。遠目からも震えてるのがわかったからね。光人も肝が据わってるようには見えなかったけど、伊乃莉さんを何が何でも守ろうとする意志みたいなもんは感じたよ。」


「ほ~、それはえらいよね、光人君。男の子はか弱い女子を守らないとね、本当に。」


 字面だけ見れば、褒められてる文句なんだけど、この雰囲気は罪を告げられてるようだ。


「その時の伊乃莉さんが、怖くて震えてるんだけど、今日のような感じじゃないメイクをしてたようなんだ。まあ、学校に行くのにそんな力のこもった化粧をするわけにはいかないのは当然なんだけどね。そのメイクされた顔に姉貴が反応しちゃったんだよ。」


 うん、伊乃莉さんのお顔、本当にすごいよ、景樹君。

 見る機会があったら、驚くことだろう。

 そういえば、あの時、伊乃莉はなんであんなに力入った化粧をしてきたんだろう?


「その流れは理解しました。ですが、今はそこが問題ではありません。何故嘘をついたのか。何故西舟野に二人がいたのか。一つ、いのすけに聞きます。悠馬君は本当にその場にいたですか?」


 尋問官の冷徹な瞳が伊乃莉を睨みつけた。


「いませんでした。」


 あきらめの顔でそう言って、俺に視線を向けてきた。


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