第82話 景樹の母
俺の目をじっと見ている景樹の目は半分は冗談ぽいが、半分は本気のような気がした。
さっきの会話でその疑いを持ったらしい。
その考えに、女子二人が賛同したのだろうか。
でも、何週目ってさ。
あやねると伊乃莉が結構ヲタなのは知ってるから、タイムリープネタを突っ込んでくるのは解るけど、景樹もそんな風に考えることがあるのだろうか?
「何週目って…、なんでそんなこと考えるんだ?俺は人生の初めてを生きているつもりだけど…。」
何故、そんな考えに至ったか聞きたい。
「いや、結構な頻度で、自分たちと同じ年の人間と話してる気がしないこと、あるんだよなあ、光人と話してると。年齢は戸籍に間違いなく載ってるんだろうけど。となると、すでに何度かこの時を経験して、俺たちに忠告してんじゃないかと思ったんだよ。」
その言葉に、いちいちあやねると伊乃莉が頷いている。
「光人の考え方って、確かに言われればその通りなんだけど、言ってることがほとんどうちの父親を彷彿とさせるんだよ。」
伊乃莉が俺にそう言うってことは、言ってることは間違えてはないということだ。
但し、言ってることがスーパー大安社長の言ってることだとすると、それは高校生らしくなさ過ぎるということか。
「光人君といると凄く落ち着くの。でも、二人が言ってること、よくわかる。」
あやねるも同意らしい。
「いや、そう言われてもなあ。高校生らしくないと言われたらそうかも、だけど。やっぱり父親が亡くなって、今後のことをみんなより考えてるのかもしれない。無意識で。だから、何週目とかなんてないよ。生まれ変わりとか、人生やり直しなんてよくラノベなんかで面白く読んでるけど…、さすがにそれを現実に起こるとは考えてないぜ、俺は。」
「ああ、まあ、そうだな。悪い、光人、変な事言って。今後のことを俺たち以上に考えてたんだよな、光人は。軽率なことを言って悪かったな。」
そう言って景樹は頭を下げた。
あやねるも伊乃莉も同じように頭を下げた。
あやねるがまた腕を抱くようにしてきて、少しその胸の感触を楽しんでしまった。
「いや、頭を下げることでもないだろう。冗談だとわかってるよ、その人生の話は。」
「お前が親父さんを亡くしてたってことを失念して言っちまったんだ。許してほしい。」
「気にしてないからさ、景樹。いつも通りで行こう、な。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
そう言って景樹は、磨きのかかった爽やかスマイルを俺に放ってきた。
が、俺の右手に押し付けられているあやねるの胸を見てあきれ顔に変わっていた。
その意味が分かったのか、急にあやねるがその腕をほどいた。
ちょっと悲しい。ちょっとだけね。
(エロざる)
俺はその声を無視した。
(人生はまだ1週目なんだよね、光人君。でも、脳内環境は普通じゃないけど…)
(誰の所為ですかね?)
階段を上がる音がした。
4人とも揃ってそちらに目を向けると、景樹のお姉さん、JULIこと樹里さんとその後ろに、樹里さんよりは背が低いものの、女性としては高めの身長の身なりが綺麗に整っている女性が出てきた。
「お母さんが帰ってきたから、どうかなって思って……。」
途中で言葉が切れた。
4人の視線が集中しているためだろう。
ちょっとびっくりしている。
先程のあやねるの怒った件も絡んでいるせいかもしれない。
「ああ、姉貴、とマ……お袋も帰ってきたんだ。」
ん、景樹君、今言いかけた言葉は?
樹里さんが避けて後ろにいた女性が前に出てきた。
「初めまして、皆さん。いつもうちの景樹がお世話になっています。佐藤景樹の母、それとこの下の株式会社ジュリの代表者、佐藤真里菜と申します。よろしくね。」
今野パンツルックのスーツ姿の景樹の母親は、その姉弟同様に整った顔立ちをしていた。
うちのお袋より若々しい。
こういった芸能事務所を営んでるんだから、当然なのかもしれないが。
「お邪魔してます。いつも景樹君にはよくしてもらってます。白石光人です。」
「ああ、あなたが。お父さんのこと聞いているわ。当時はニュースでもよく聞いてたけど…。お悔やみを申し上げます。」
そう言って俺に深々とお辞儀をした。
その所作は美しいの一言に尽きる。
「ああ、もう、大丈夫ですから。顔を上げてください。本当にいろいろな方に親父を覚えていただいて、きっと天国か地獄かで喜んでいると思います。」
「そう言ったことは冗談でも言ってはいけませんよ、光人君。故人に対しては、身内であっても礼儀を忘れてはいけません。」
凄くまっとうな正論で怒られてしまった。
「そうですね、確かに親父の霊に失礼でした。ごめんなさい。」
「素直な子は伸びるわ。いい子ね、光人君は。」
「あ、ありがとうございます。」
正面切って言われて、少し照れた。
(本当に光人は節操がないな。こんな年上ですら守備範囲か!)
(本当に失礼だな!今この頭にその霊がいると、喋ってしまいたい!)
(変人と思われるのがおちだぞ、光人)
「まあ、光人はこんな感じだよ、お袋。」
「景樹さあ、いつも通りの呼び方で、母さんに言った方がいいんじゃない?凄い窮屈そうよ。」
景樹に姉の樹里さんがそう声を掛けた。
その声に人差し指を唇の前に当て、「しー」とやっているのだが、そんな恰好を見れば俺たちの好奇心が揺さぶられるに決まってる。
「え、なになに、景樹。いつも通りってなんだ?」
「うるせえな、光人!どうでもいいだろう、そんなこと!」
「ああ、光人君、景樹ね、女の子や友達の前じゃあ、母さんの事「お袋」なんて呼ぶ、むがっむご。」
喋っていた樹里さんの口を、思い切り手で押さえつけた。
後ろに回った景樹が華奢な樹里さんを羽交い絞めにしようとするから、胸のあたりとか、太腿とか、暴れる樹里さんの身体が酷く淫靡に見えてしまう。
「光人君!見ちゃダメ!」
その声とともに視界を奪われた。




