第76話 不穏な視線
午後からは理科と社会についての簡単な復習のような感じで授業は進められた。
どちらの先生も初めての授業で、しかも明日のテストはそれほど真剣に考えなくていい様な感じだったから、かなりラフな感じで行われた。
ただ、午前中もそうだったのだが、俺はこの3か月近くほとんど勉強はしていない。
にも拘らず、先生の雑な説明でも難なく理解できた。
今日の講義がそれほど難しくないと言っても、自分ではこんなに簡単にわかるものではなかったはずだった。
明らかに中学の範囲を超えた解説もあった。
それでも聞いているだけで納得している自分に驚いていた。
午後の授業が終わり、明日の学力テストについてのスケジュールのプリントが配られた。
英語、数学、国語、理科、社会の順。
受験は英語・数学・国語の3教科であったことを考えると、理科と社会はあんまり勉強した記憶がない。
この高校に受かって、公立の5教科に向けて勉強を始めようとした矢先に親父が事故で亡くなったからだ。
単純に受験どころではなかった。
これが普通に交通事故で亡くなったのであれば、あそこまで騒ぎには奈良かっただろうとは思う。
記者会見での自分の言葉に嘘はない。
浅見蓮君を助けるためにあの状況で飛び込める勇気は、とてもではないが真似はできないが、自分の父親の行動は尊敬に値する行為だと思っている。
しかも、しっかり蓮君の命を救えたのだから、誰からも誹られることは無いはずだ。
だがその行為はマスコミによって、とんでもない英雄扱いになった。
と同時に、自分の家にマスコミを名乗る輩が溢れた。
親父が俺の体を使って、そういう者たちを排除してくれたことには感謝はしている。
その結果が俺の肉体の疲弊の原因にはなったが。
俺や家族を悲劇の主人公にしたい者たちや、親父を貶めようとする汚い大人が大量にいることを知る結果になったことが、よかったかどうかはわからない。
周りの俺を知る人たちが、俺が変わったというのであれば、あの経験が大きかったのだろうとは思ってる。
弁護士の鶴来さんたち大人によって、事態は入学前に何とか鎮静化してくれて、本当に助かった。
漏れた動画によっていまだ俺の周りは少しだけ影響を受けてはいるけど、何とか正常運転はできてる感じだ。
そう言った状況で、3教科以外の理科・社会にまで受験勉強の時間を割くことはできなかったのだ。
これもまだ日照大付属千歳高校に受かっていたからこそ、対応できたことではあるのだけど…。
この高校に外部受験で来た人たちには多かれ少なかれ、理科と社会に関しては力不足のはずだ。
これに対して内部進学組は受験勉強関係なしに理科・社会を勉強していたはずなので、こんなところに差が出てくるんだろうな。
「光人君、帰ろう。」
昼の休み時間には、もう一歩で般若のような顔つきになりそうだったあやねるが、弾けるような笑顔で俺に言ってきた。
うん、単純に可愛い。
とは言っても、駅までのバスの中では昨日の文芸部の件で、きっと尋問が始まるんだろうな。
ふっと憂鬱な顔になりそうな時に前から違う声がかかった。
「光人、宍倉さん、俺も準備OKだよ!」
爽やかイケメン、佐藤景樹だった。
その声に塩入が何か言おうとしようだが、笑顔のまま塩入に顔を向けた景樹に、塩入は口をつぐんだ。
少し悔しそうに見えるのは俺だけだろうか?
「須藤は文芸部に行くのか?」
そのまま景樹が俺の後ろの須藤にも声を掛けた。
ここ数日ですっかり須藤は景樹のお友達と認定されてるようでよかった、よかった。
「ああ、うん、その予定。ちょっと今日の授業でわからないとこ、教えてもらうつもり。」
「ああ、大塚先輩と有坂先輩って、特進だもんな。俺たちといるより、有意義だよなそれ。」
景樹が、暗に須藤を煽ってるようにも聞こえる。
もしかしたら、須藤もその気があるのかな?
ちょっと興味が出てきたな。
と言っても、当分は文芸部には近づかないようにしよう。
本当に有坂先輩が、俺のことを気にしているのなら、変に接近しない方が自分のためだ。
こちとら、恋愛経験なんか皆無だし、恋愛偏差値なんてものがあるなら最低値を叩き出しそうな非モテ陰キャなんだし。
うん、事実はその通りだけど、この後の熟語は自分からは言わないよ。
(何、一人ノリツッコミしてんだ、光人。それより、今のこの状況を正確に覚えておけ。結構これからの学校生活で注意しないといけないことが見えてきてるぞ!)
親父の警告に少し周辺を見渡す。
一応、先生からも明日の学力テストはそれほど重要ではないと言われていたが、そこそこまとまったグループが出来て、明日のことなんかについて喋ってるやつらがいる。
半分くらいのクラスメイトは帰ったようだ。
昼休みに俺があやねると帰ると聞いていた智ちゃんたちの姿も見えなくなっていた。
が、こちらに視線を送ってくる人たちもいる。
俺の席の一番前にいる今野さんもその一人。
親睦会の係を決めるときの積極性から、きっと景樹に好意があるんだろうな、と思っていたが、間違ってはいなかったようだ。
さっき景樹に何か言おうとした塩入はすでにその姿を消していた。
だがそんなことより、少し遠めにいるグループの一人の女子の視線が気にかかった。
あやねるの悪口を小声で言っていた人物だと思う。
だがその方向はあやねるでもなく、景樹でもなく、ましてや俺でもなく、俺の後方に向けられている。
どういう意味があるのだろうか?
さらに、その俺の後ろに視線を向けていた女子がいた。
俺がそちらに目を向けると慌てて逸らした。
眼鏡女子、来栖花菜さんである。
えっ、もしかすると、須藤君、モテモテ?




