第74話 妹
智ちゃんの言葉に少し場がしんみりとしてきた。
「そうだ、智ちゃん。静海は頑張ってるんだ。親父がなくなって、やっぱりお袋の負担が増えてるからな。お袋も務めてるって言ってもパートで将来的な負担もあるし。でも、当面は経済的に困ることもなさそうだって話。俺や妹が大学までは私大の医学部でもなければ何とかなるっぽい。うちの事情はさておき、俺にしても静海にしても料理や家事全般はできた方がいいからさ。そう言うこともあって妹が頑張ってるってことだから、別にみんなが暗くならなくても大丈夫。」
「うん」「まあ、そうなんだろうけど」なんて声も聞こえてくるけど、こういう話は、高校生では実感できないよな。
それでなくても私立の高校に通ってるって自覚がみんなあるわけだし。
下手すると、俺や静海が学校を辞めるかもしれないなんて思われているかも…。
(実際には、私の株を現金化してあるし、保険金、賠償金なんかが入ってきて、経済的には全く不安なんてないんだがなあ。)
(それをここで言うのは違うだろう?)
(そうなんだけど…。彼らの様子見ると言いたくならないか?)
(言った方がよさそうな気はするけど!するけどさあ、やっぱ、ダメだ)
親父がそのために俺の身体を酷使して整えた条件だ。
さっきはああいったけど、調べたらどちらか片方なら私大の医学部にも十分通うことが可能な額だった。
相続税を払った後でも。
さて、どうすればこのお通夜みたいな雰囲気を変えられるのか?
ふと、須藤の弁当が目に入る。
「須藤の弁当って、やっぱりお母さんが作ってくれるのか?」
適当な話題の変更を試みる。
もともと弁当の中身から出た話題だ。
変な事では無かろう。
3分の1が食べられてる弁当には、可愛らしいたこさんウインナーがあった。
あまり高1男子の弁当には入っていない気がする。
「いや、これは妹が作ってくれた。」
今の俺の話から、住まなさそうにしながら、若干照れが入ってる。
「ここのところ学食利用してて、妹が怒っちゃって。うちがあんまり裕福ではないのに、なに金使ってんだって!」
「そんなに高くはないけど、毎日だと確かに負担かかるよな。」
景樹が同意した。
「そんなことより、須藤君って妹さんいるの?何年生?」
「ああ、いるよ。年子で今中3。家の料理は母親と妹が交互に作ってるから、妹は料理が得意ではあるんだけど…。俺が公立落ちて、ここに来ることになって、今は少し仲が悪い。その証拠がこのたこさんウインナー。弁当広げた時に恥ずかしがれって捨て台詞付き。」
「妹さん可愛いね。」
さっき、須藤の妹の存在を確認した弓削さんが、照れてる須藤に微笑んだ。
よかった。
須藤の妹ほっこり話題で沈んだ雰囲気が持ち直したよ。
「じゃあ妹さんは今年受験生かあ。ここ受けるの?」
「僕が私立来て、結構家計的にやばめなんで、絶対公立行くって頑張ってるよ。」
「いい妹さんだね。うちなんか妹と弟がいて、家のことなんかまったく手伝わないんだよ。私も疲れてんだけど、母さんがまた疲れてるもんだから、仕方なく私がキッチンに立つことが多いな。」
愚痴り始めた弓削さん。
なんとなくお袋っぽいと思ったら、そういう家の事情があったか。
結構優しそうで、困った人を見てられないタイプだね、この子。
「いいなあ、みんな兄弟がいて。私一人っ子だから羨ましいよ。あれ、そういえば佐藤君は兄弟いるの?」
智ちゃんがみんなの兄弟事情に羨望の眼差しを向けたかと思ったら、会話に加わってなかった景樹に話題を振った。
智ちゃんは結構周りを見ている。
話に入れない人に話を振ることはよくあった。
ただ、今回のこのことは単純に佐藤の兄弟に興味があったのだろう。
俺と須藤は景樹に姉がいることは知っている。
それも柊先輩、いやそれ以上の有名人であることを。
「大学生の生意気な姉が一人。今は一人暮らししてるから、あんまり顔は合わさないよ。」
うん、何気に嘘をつくね、景樹君。
一緒に伊乃莉を見たからこそ、モデルの話が出たんだろう。
もっとも、あまり姉のことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だ、という意思表示なんだろうけど。
「でも、佐藤君に似ているお姉さんかあ~。きっと綺麗なんだろうな。」
弓削さんが景樹の顔をまじまじと見つめる。
景樹はさわやかな笑顔を向けると、俺にすぐに視線を移した。
どう見ても、弓削さんの問いに受け答えをしたくないってことか。
「光人、その卵さ、少し食べさせてもらってもいいか?」
明らかな話題の転換だとは思ったけど、妹の卵焼き?炒り卵?の味には問題はないから、弁当の蓋にご飯と一緒に盛って、景樹に渡す。
予備の割りばしも渡してやった。
「おお、悪いな、光人。じゃあ、いただきます。」
そう言ってほぼ一口で卵焼きとご飯を口の中にほおばった。
「うん、形は悪かったけど充分にうまいよ、これ。この甘しょっぱい感じは好きだな。」
静海、よかったな。
爽やかイケメン佐藤景樹君はことのほかお喜びだぞ。
「そうだろう、景樹。後は素直に手数勝負って感じだよな。でも、景樹はいつもパンかなんか買ってくるのか?」
「その時次第だけど。姉貴はさっき言ったように一人暮らしで実家にはいないし、うちは両親とも忙しい人だからな。学食か、こんな風にパンを買うか、あとは登校中にコンビニ弁当になるかな。」
「ご両親、忙しそうだよな、景樹の家って。」
と言っては見たが、本当に知っているわけではない。
母親が芸能事務所を経営してるって情報だけで、忙しそうっていう感じだ。
「佐藤君と白石君は仲いいんだね。」
この言葉にいきなり景樹が俺の肩を組んできた。
「おお、マブダチってやつさ!」
これはギャグか?
笑った方がいいのか、突っ込みを入れた方がいいのか?
「今時マブダチって、佐藤は少し残念なお笑いのセンスみたいだな。」
迷っていたら、須藤が突っ込んでくれた。
ここ数日で須藤も陰キャボッチのイメージから脱却出来ているようで何より。
違うか。
景樹の手腕か?
そんな状況だが、何とか弁当を完食して、鞄にしまう。
智ちゃんも弓削さんも、食べる弁当の大きさが小さかったようで、すでに食べ終わっていた。
「明日のテストって、実際どんなもんなんだ?」
この中で俺だけが部活動をしていない。
他の4人は部活の先輩から情報をもらってるんじゃないかと思って、話をしてみた。
「聞いた話だけど、1年生はあまり気にしなくていい、って話だよ。」
弓削さんが智智ちゃんに確認を取りながらそう言った。
「先輩たちの方が気合入ってる感じ。高2で1回、高3で2回の学力テストがあって、その合計点が重要なんだって。」
智ちゃんがしゃべった。
その言葉に他の3人が頷く。
「今日聞いた内容も基本は受験勉強の範囲だったし。」
「そういうもんか。確かに文芸部の先輩がそんなことを言ってたっけ。」
何気に呟いた。
その言葉に、明らかに男二人が硬直した。
智ちゃんも少し眉間にしわが寄ったが、男子のその態度はかなり不自然。
昨日一緒に文芸部に行ったはずな・の・に…。
景樹が小さく右人差し指を俺の後ろに向けていた。
俺は誰がいるかを察した。
察したのだが、怖くて後ろを振り向けなかった。