第73話 昼休みのお弁当
英語、数学、国語と受けて、昼休みになった。
今日は変則授業のため、授業時間を知らせるチャイムは鳴らなかった。
「光人君、学食行こう!」
朝から不機嫌満開だったあやねるも落ち着いたようでよかった。
あやねるはこのクラスでも女子の友人が出来たようだが、隣のクラスの伊乃莉と昼食は一緒に食べるようだ。
今日は静海が一生懸命作ってくれた弁当がある。
今までは時間に余裕があったから学食を使っていたが、今日からは昼時の学食は込みそうなので、学食で購入しない身としてはこの教室で食べるつもりだった。
「ごめん、あやねる。今日は弁当持ってきてるからここで食べるよ。」
「でも、学食で一緒にだべようよ。」
「いや、他の利用者に迷惑になるし…。今日は教室で食べるよ。学食がどんな感じか、あとで教えて。」
「えー、でも……。わかった。じゃあ、あとで。」
この言葉にわかりやすく落ち込んでいるあやねる。
「白石も弁当か?」
後ろの須藤から声を掛けられた。
見ると須藤も弁当が入ってると思われる小さなバックを机に出していた。
「ああ、妹が自分の分も作るからって言ってな。持たせてくれた。」
言ってからちょっと後悔した。
そういえば俺の弁当に入っているのはぐちゃぐちゃな方の卵焼きだった。
しかも静海が作ったって言っちまったしな。
でも、今更どこか一人になれるとこを探して彷徨うのもなあ。
須藤だけだし、いいか。
「じゃあ、一緒に食おうぜ。」
俺は頷き、そのまま椅子を移動して机をくっつける。
「おお、俺も混ぜてくれ。」
いつの間にか購買からパンを買ってきたようで、景樹が近くの椅子を引き寄せてきた。
俺も須藤も同意をする前に椅子に座っていた。
まあいいか。
「光人の妹さんって、料理するんだ。」
少し感心したように言う景樹に、さてこの弁当についてどうフォローするか、ちょっと考えた。
「あっ、コウくんもお弁当?」
この声、この呼び方は一人しか知らない。
智ちゃんがニコニコして近づいてきた。
その後ろには弓削さんがいる。
弓削さんの表情は微妙。
巻き込まれるのはごめん、と顔に書いてある。
「一緒してもいい?」
すでに景樹が立ち上がり、他の席を移動し始めた。
本当に気づかいに長け、仕事が早い。
顔がイケメンかどうかより、この行動力はモテるはずだ、と変な関心をしてしまった。
机を4つくっつけて島を作る。
俺と須藤が相対して、俺から見て右側に景樹が移動した。
俺の左側に机がつけられ、左に智ちゃん、斜め左前に複雑な顔をした弓削さんが座った。
弓削さんとはいろいろあって、顔なじみと言っていいが、須藤は同じクラスメイトとはいえ、ほぼ初対面。
であるので、緊張の面持ちだ。
それとは対照的に景樹は愛想を振りまいてる。
「ほとんど初めましてだよね、西村さん、弓削さん。サッカー部所属の佐藤景樹、よろしくね。」
これ、巷で噂される合コンってやつか?
いや、違うな。
みんなクラスメイトだ。
顔くらいはお互い知ってる。
それが証拠に、弓削さんのさっきまでの複雑な顔が少し赤くなって、小声でよろしく、なんて言ってる。
「文芸部の須藤です、よろしく。」
「私たちはテニス部の西村智子と弓削佳純。これからもよろしくね。」
弓削さんが爽やかイケメンにやられてしまったようなので智ちゃんが二人の紹介をした。
こういうところは昔っからの世話好きなんだよな。
景樹以外の4人が弁当箱を机の上において広げた。
俺以外の3人は実に綺麗にまとまっていた。
仲はそれぞれ具は違うし、須藤は普通に白米に梅干しがのっている。
弓削さんは俵型のお結び、智ちゃんのお弁当は3画のおにぎりが入っていた。
うん、覚悟を決めよう。
さっき変な事言わないで、俺が作ったと言えばよかった。
俺が弁当箱を開けると、4人の視線が俺の弁当に突き刺さり、誰もが無言になった。
白米にゴマ塩、空揚げ、ポテトサラダには、たぶん、問題はない。
みんなの目の先は黒い焦げた卵焼き…、いやこれはいり卵だ!
「これ静海ちゃんが作ったの?」
やっぱり聞いてくるのは幼馴染の西村智子だった。
「そう言うなよ。静海も頑張ったんだ。うちのお袋が作ろうかとは言ったんだけど、やっぱ、負担が大きいからな。それで静海が作るって言いだしたんだけど。」
「静海ちゃん、料理はそれほどでもないの?でもから揚げも、ポテトサラダも綺麗にできてるみたいだけど…。」
そうだよね、智ちゃん。
このこの弁当では唯一、この炒り卵が、異質。
「空揚げとポテトサラダは、昨日のうちにお袋が作ってくれていた。本当は静海が弁当箱に詰めるだけだったんだけど…。」
そこで言葉を切った。
他の4人がお互いに目配せして、なんとなく納得した空気が流れる。
と思ったんだけど…。
「なんとなく、白石君の妹さんの気持ち、わかるな。」
弓削さんがしみじみと言い出した。
「うちも両親共働きでさ、このお弁当も、朝、冷蔵庫に余ってるものや、冷凍庫の冷凍食品を詰めた物なの。うちの弟はまだ中学生だけど公立だから給食があるんでいいんだけどね。」
「じゃあ、弓削ちゃんがこのお弁当を作ったってこと?」
智ちゃんが聞いてきた。
「純粋にはこの俵型のお結びくらいだよ。野菜は生野菜だし、このおナポリタンは冷食。このもやしは軽く炒めてごま油を絡ませただけだから。これが弟にももたせようと思ったっら、卵焼きくらいは入れたいって思うもの。」
そんな感じなのは静海の横で見ていて分かった。
今日は卵焼きだったが、最終的には俺たち二人分の弁当くらいは作りたいと思っているに違いない。
「そんな雰囲気はあったよ。でも、今までほとんど台所に立ったことがなくてね。朝方ちょっと泣いちゃったんだよ。切なくなってね。食えそうなとこだけ俺が選んで詰め込んだ。」
「そういうとこ、ポイント高いよ、白石君。ちゃんと寄り添ってあげられるんだから。」
弓削さんにそんなこと言われると、ちょっと照れちゃう。
そんな言葉に景樹と須藤が頷いていたんだが、智ちゃんは少し泣きそうになっていた。
「あれ、智子、どうしたの?」
目ざとく弓削さんがそんな智ちゃんを見つけた。
そっとハンカチを手渡してる。
「うん、静海ちゃんが一生懸命なんだなって思ったら、ちょっと涙が。コウくんち、今お母さんが結構大変だと思うんだ。それを少しでも手伝おうとして、慣れないことしてんじゃないかなって思ったら、なんか泣けてきちゃった。」




