第70話 妹の友人
また今日も静海は俺に絡みつくように一緒に歩いている。
駅から電車に乗り込み、いつもの電車を乗り換え北習橋駅に到着。
今回は知り合いに会うことなく駅に着いた。
何とか静海の心持の切り替えも終わったようだ。
中学では普通に今日から授業が始まるようだ。
俺たちの高校は今日から一応授業は始まるが、これは明日開催される学力テストのための補講の意味合いが強い。
すべて担当の先生から配られるプリントで行うとのことだ。
もっとも、それは高校1年生だけで、2,3年生は普通に授業を受けるようなことを聞いている。
今日はこの美少女と呼んでも差し付けない妹、静海といても誰かが何か言ってくることは無かったので、北習橋駅に着いた時には油断していた。
「光人!あ、あと妹ちゃん!」
聞きなれた声が俺の耳に届いた。
鈴木伊乃莉と、そしてちょっとむっとしたあやねる。
まあ、このところ翌朝に会ってるんだから、この事態は想定しておくべきだっただろう。
が、朝から静海をなだめていたので、意識が抜けていた。
「おはよう、あやねる、伊乃莉。」
「お、おはようございます。」
静海が少し緊張したように、挨拶をした。
「おはよう!」
「おはよう、光人君と静海ちゃん。」
二人がそんな風に挨拶を返しながら、自然を装い、静海と反対側にあやねるが横に着いた。
その後ろに伊乃莉。
その伊乃莉が俺の脇を指でつついてきた。
「静海ちゃんと何かあった?」
「え、どうして?」
伊乃莉の質問に、少しぎょっとしたように振り返った。
「名にびっくりしているの、光人。なんか、静海ちゃんの目が赤い気がしたんだ。あれ、泣いてたよね。」
よく見てんな、伊乃莉。
その言葉にあやねるが俺越しに静海の顔を覗き込んだ。
「そういえば…。静海ちゃん、なんかあった?」
あやねるは俺に聞かず、直接静海に聞いた。
「あ、別に、大したことでは…。」
「でも、泣いちゃうほどのことなんでしょう?お兄さんになんかされたの?」
いや、ちょっと待ってくださいよ、宍倉彩音さん。
仮に俺が静海を泣かせるようなことをしてたら、こんな風に一緒に登校はしないと思うんですけど。
あやねるさんの目には俺はどんな人間に映っているのか少し不安になった。
「光人君!静海ちゃんに冷たいことしてないよね?」
ああ、そういうことか。
このところ静海はやけにブラコンなところが出てきた。
それを隠す気がないような行動をとっている。
そんな静海に俺が冷たい態度ををして、泣いてしまったと考えたわけか。
朝の俺の行動を見る限り、自分では冷たいどころか暖かく静海を見守ってると思うんだが…。
と言っても、さて、こんな恥ずかしいことを説明したくない。
「宍倉先輩、大丈夫ですよ、私。別にお兄ちゃんに冷たいことなんてされてませんから。ただ、朝に失敗しちゃって、落ち込んだだけです。お兄ちゃんには励まされてましたけど。」
静海がしっかりと説明してくれて、あやねると伊乃莉が一応納得したような顔つきになった。
だが、静海の失敗と、俺の励ましについては、特にあやねるは興味深い様な感じを受けた。
「そういえば、伊乃莉の弟君が見当たらないけど、今日は別々なのか?」
「ああ、悠馬は今日朝練で早くに家をでたよ。」
「あれ、部活って禁止じゃなかったっけ?」
「中学は関係ないよ、お兄ちゃん。」
ああ、そういえば。さっきも静海から普通に授業があるって聞いてたっけ。
4人でバスを待つ列に並んだ時だった。
「静海!」
後ろから中学の制服を着た女の子が静海の肩を叩いて名前を呼んだ。
また、ここにも美少女が出現した。
長めの黒髪を真ん中で縛っていたその少女は、列から外れて静海の横に来た。
柊先輩とは違う意味で整った顔と、スレンダーなスタイルの子だった。
身長は若干静海より低いが、その容姿は人を惹きつけるに充分だった。
眼は少し吊り上がったような感じで猫を連想させる。
鼻梁も美しく、唇もプックリとしている。
頬はシャープで、顎にかけて鋭さを感じる。
「麗愛!あれ、今日は朝練ないの?」
「うん、高校生の先輩が明日のテストに向けて部活禁止だから、朝練は無くなったんだよ。」
快活に笑う少女は静海の友人らしい。
今まで静海の友人についてきたことがあまりないので、新鮮だった。
そして類は友を呼ぶとはこのことか、と思ってしまった。
「あっ、この人が、静海のお兄さん?」
静海の隣にいる俺を見て、そう聞いてきた。
「あっ、うん…。そ、そう。」
それ以上紹介する気がないのか、静海が何も言わなくなった。
聞いてきた静海の友人も、ちょっと困った顔をしている。
俺の横で、あやねると伊乃莉が中学の制服を着た美少女の姿に驚いていた。
おそらく静海の友人、それもかなり仲のいい友人と見た。
兄としては固まってしまった妹に変わりしっかりと挨拶をしなければ…。
(変に格好つけてみするなよ、光人。みっともないことをすると、静海がどんな対応をするか、くっくっく)
(わかってるっつうの!)
「初めまして。静海の兄の白石光人です。いつも妹と仲良くしてもらってありがとう。」
よし、どうだ、この挨拶は!
と思ったのだが、静海がいきなりこっちに顔を向けて、何か言おうとして、でも、言葉が出ない。
あいさつした静海の友人、確か麗愛と静海が呼んでいた子も、右手を開いて口を隠すようにして、驚いている。
なぜ?
俺、そんなに変な事を言ったか?
あやねると伊乃莉は事の成り行きを見守ってる感じ。
まあ、静海の友人であることは見当がついているだろうけど。
「あ、やっぱり静海のお兄さんなんだあ~。でも…、静海からは非モテ陰キャって言ってたのに…。」
うん、この場で童貞をつけなかったこの子はよくできた子だ。
いい子だとは思うが、面と向かってそういうことは言わない方が…。
ああ、そうか。
陰キャって聞いてたのに、ちゃんと挨拶して驚いているんだな。
それならわかる…。
いや、悲しくなんかないぞ!
(一体光人は誰に向かって行ってるんだ。その心の声は私にしか聞こえんのに…)
(聞くんじゃねえ!)
静海が友人の発言に顔が赤くなっていって、俺から目を逸らした。
その友人は、しばらく俺の横にいるあやねると伊乃莉を見ていた。
そして「非モテっていう割に美少女をはべらかしてる」と、小声でぼそっと言った。
聞こえてますけど!
確かにあやねると伊乃莉は美少女だと思いますけど!
「あっと、初めまして!静海と友達をさせてもらってます、神代麗愛って言います!」
そう言って、ペコリって感じで頭を下げた。
まあ、言いたいこと、いろいろ言われたけど、まあ、いい子なんじゃないかな、うん。
「静海からいろいろ聞かされて想像してたんですけど、本当に見ると聞くとは大違いですね、お兄さんって!」
おい、静海!
お前は友人に俺のこと、何を吹き込んでたんだ!
いや、想像はできますが…。
「静海のお兄さんって、イケメンだったんですね!」
何ですって!