第69話 静海の卵焼き
いつも通りの時間に起き、制服に着替えて階下のリビングに顔を出した。
「おはよう、お兄ちゃん。」
「おう、おはよう。」
既にお袋の姿はなかった。
そういえば早番とかで、もう病院に向かったようだ。
朝食の分はテーブルに用意されていた。
が、静海は台所に立って、悪戦苦闘している。
「どうした、静海?もう朝食の準備、出来てるんだろう?」
朝食は間違いなくお袋が用意していたものだ。
しいて言えば、コンロにみそ汁の入った鍋がかかっている。
俺は既に盛られたご飯茶碗の脇に置かれたからの椀を持ち、コンロの前でしょげ返っている静海の顔を覗き込んだ。
「どうしたんだ、そんなにしょげた顔して?」
俺は味噌汁を椀に注ぎながら、声を掛けた。
「せっかくお兄ちゃんに一品でも静海の手作りの品を入れようと思ったのに…。」
手元を見ると、少し焦げて、ぐちゃぐちゃになった卵焼きが皿の上にのっていた。
それも弁当に入れるには明らかに多め…。
弁当箱にはすでに白米にゴマ塩が振られ、梅干しがのったものが大小2つ用意されていた。
昨日の残りのから揚げとポテトサラダが既に詰め込まれ、卵焼きが2切くらいはいるスペースが開いている。
俺は横にあった菜箸を持ち、比較的まともそうなものを選んで静海の弁当箱に二切入れる。
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん、なにしてるのよ!」
俺はその言葉を無視して残りのぐちゃぐちゃのものを、入るだけ入れて強引に蓋をした。
「ありがとな、静海。昼においしくいただくよ。」
弁当用にお袋が作ってくれた巾着に入れて、俺のカバンに押し込んだ。
「静海も弁当を入れてさっさと飯、食っちまおう。そんなに時間、ないぞ。」
俺の言葉にハッとして、時間を確かめていた。
「う、うん、そうだね。」
俺は卵焼きと思われるものがのった皿をテーブルに置いた。
「いただきます。」
静海が何かする隙を与えずに、その焦げたぐちゃぐちゃの卵焼きを口に詰め込む。
焦げた部分が苦いものの、味は少し甘めで、ちょっと醤油が入ってる。
砂糖と醤油が入ったため焦げやすくなっているようだ。
静海のことだ。
あまり作り方を吟味せずに、勢いで作って焦がし、もう一度作ろうとして、今度はいり卵になったって感じ。
さらに焦って、なにがなんだかわからないというのがこの状況。
静海の頭の中にはフワッ、とろっ、ってな感じの卵焼きがイメージされてたのだろう。
少し泣きそうになりながらエプロンを外し、席に着く。
俺があらかた試作失敗の卵焼きをあらかた食った後だった。
「お兄ちゃん、ごめん、ね。」
涙が溢れて、今にも零れそうだ。
俺は自分のポケットから、さっき引き出しから入れたハンカチを静海に差し出す。
「美少女の泣いてる姿も絵になるけど、今は時間がない。言いから涙を拭いて、いつもの笑顔を取り戻せ。」
俺のハンカチを素直に受け取り、涙をぬぐう。
「お兄ちゃんに、昨日の残り物だけっていうのも寂しいから、卵焼きだけでもって…。」
また泣きそうになる。
その言葉に俺の心が動揺した。
2か月前の静海の冷たい視線を思い出し、こんなにけなげな妹に変わったことに感動が襲ってきたのだ。
逆に俺が泣きそうになった。
時間は冷酷に流れていく。
いっそ、このまま静海を抱きしめて二人で泣いてしまおうか、なんて発想が俺の心を支配しそうになった時。
(おいおいおい。お父さんは今、猛烈に感動し取るぞ!)
一気に冷静になった。
確かに自分以外の人間の感情の大きさに触れると、冷静になるというのは本当らしい。
「俺も静海の思いは、すごくうれしい。今日は失敗しても練習すれば、すぐに料理なんてうまくなるよ、静海。でも、本当にうれしいよ。見てくれは置いといて、味はおいしいから大丈夫。お昼の楽しみが増えたよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「よし、じゃあさっさとご飯食べて、学校に行こうな。」
俺がそう言うと、コクリと頷いて、静海もご飯に手を付けた。
俺も猛然と飯を口に入れて飲みこんでいった。




