第63話 一生の友人
「俺達との待ち合わせは13時に津田川駅前。で、光人と西村はその15分前に津田沼駅のホームで待ち合わせをしていた。」
「うん、そう。」
慎吾の説明に智ちゃんが頷く。
「そこになぜか光人と西村のほかに女性がいた。しかも美人と言っていいレベルの、な。その直前に光人から連れて行くことは聞かされていた。しかも彼女として。」
「へっ、か、彼女?」
素っ頓狂な声を出したのは静海だった。
俺が帰ってくるまでの間にこの3人は何の話をしていたのだろうか?
「そう、彼女として連れて行くと言われた。光人からは宍倉さんという女子と仲良くなった、みたいな話を聞いていたから、本当に彼女が出来て連れてきたのかと思ったんだけど、な。実はそういうことにしてくれという話だった。よくわからなかったが、俺たちの集まりに第三者が必要とか、何とか。」
「それが、鈴木伊乃莉さんだったんだ。」
一応注釈を加える。
「その子がいてよかったかどうかわからんが、光人がいじめ、じゃないな。暴行を受けた時の録音された音声を虹心に聞かせて、あいつも納得した。あいつの思い込みも何とか訂正できて、まあその会自体の当初の目的は果たせたわけなんだが…。」
慎吾がそこで一旦言葉を切った。
「その鈴木さん?その美人と光人の関係や、宍倉さんって子との関係、さらに「女泣かせのクズ野郎」とまで言われることになった光人の行動が、友人として非常に心配になった。おととい、聞いた話が全てではないと思ったが。全部聞きたいとこだが、そんな時間もないからな。まずはお前、西村に何した?」
これだから慎吾は、はあ~。
いきなり核心かよ。
確かにおととい、話はしたんだが。
「ここで本人を前にして、言えと?」
「本人の前だからだ。本人との間に思い違いがあるから、こじれちまうんだ。光人、お前西村と離れたいわけじゃないんだろう。もう顔も見たくないというなら別だが…。」
「まさか!俺は死ぬまで慎吾とも智ちゃんとも友人でいたい!」
俺の言葉で、智ちゃんが俺を見た。
「俺は智ちゃんが好きだよ。命を救ってもらった恩もある。それでも、恋愛感情は別のものだと思ってる。それは二戸詩瑠玖との件で痛いほどわかったんだ。例えばの話、宍倉彩音さんにしても、鈴木伊乃莉さんにしてもだ、仮に、仮の話として。恋人同士になったって、詩瑠玖ほどではないにしろ別れることもあると思う。それがどんな理由にしても、だ。結婚したって、好き合って結ばれたはずの人たちが憎しみあって別れる、なんて話はごまんとあるんだ。だから、だからこそ、智ちゃんとは慎吾と同じように友人でいたい。親友として一生笑って付き合っていきたいと思っている。」
俺の言葉がどれほど智ちゃんに届いたかわからない。
そう、西村智子は充分、可愛い子だ。
見てくれだって捨てたものではないのだが、その心根は素晴らしい人なんだ。
それは充分わかってる。
西村智子に対して、顔が残念と思っていたのは、自分のセーフティロックだったのだ。
西村智子という女性を、俺が生きている間に憎しみを覚えることのないように。
絶対にその友人という位置から落とさないように。
智ちゃんは泣いていた。
その肩を叩く慎吾。
静海が立ち上がり、泣いている智ちゃんを優しく抱きしめた。
ちっちゃい智ちゃんを長身の妹の静海が優しく抱いている姿は、姉が妹を抱いている錯覚に陥る。
「だから、ごめん。一生、俺のそばで友人として一緒にいてほしい。」
慎吾が近くに置いてあったティッシュの箱を智ちゃんに差し出した。
智ちゃんは抱いていた静海の手を優しく振りほどいて、そのティッシュに手を伸ばす。
涙をぬぐい、鼻をかんだ。
そこから出した顔は笑っていた。
正確には笑おうとしていた。
「おせっかいで悪かったと思う。これが光人の本当の気持ちなんだと思うよ。西村が傷つくとは思ったんだがな。でも、変にうじうじしてるのは西村らしくない。こんな陰キャのことは忘れて、新しいいい男を探せ。そしてこの3人は何があっても友達。それでいいだろう。」
本当にいい奴だと、俺は慎吾のことを再確認した。
西村智子は大事な人だ。
だが、その意味が世間一般の異性間で使われる言葉とは一線を画している。
慎吾はそれを充分、理解していた。
「何なら、うちの高校のいい奴を見繕っておくぞ、西村。今は悲しいだろうが、光人の言葉を信じろ。そして、前に進め、な。」
慎吾の言葉に、智ちゃんはコクリと頷いた。
「慎吾の言ってることも、コウくんの言ってることも理解はできる。でも、心がどうしようもできない。」
そう言って、立ち上がった。
「今日は帰るね。みんなありがとう。」
智ちゃんは、それでもしっかりとした足取りで玄関から外に出た。
静海が後を追い、別れの挨拶をしている。
俺は動くことができず、慎吾も智ちゃんの行き先を目で追いながら、俺のそばにいた。
「よく頑張ったな、光人。つらいところだろうが…。」
「ああ、ありがとうな、慎吾。今と同じことは前にも伝えたつもりだったんだが。なかなか人に自分の思いを伝えるのは難しい。でもこれで、変に智ちゃんに距離を置かれるのも悲しいな。」
「何言ってやがる、このモテ男。本当にハーレムでも作る気か?」
「本当だよ、お兄ちゃんはひどすぎる。」
智ちゃんを見送った静海が戻ってきた。
「まあ、昨日、西村からLIGNEが来てな。昨日の件、というかお前が美人を連れてきて彼女だと嘘をついて虹心と会うって話について、今日お前を問い詰めるのに付き合ってほしいと言われたんだよ。だから部活は無理言って休んで、虹心にも一緒に帰れないことを説明して、ここに来たんだ。」
道理でおかしいとは思っていた。
うちの高校は学力テストのために部活動禁止だが、他の高校は関係ないからな。
今日でなければならなかったのだろう、智ちゃんにとっては。
金曜にああは言ったのに、昨日伊乃莉を連れて行ったことに智ちゃんの心がおかしくなっていたんだと思う。
「しばらくは距離を置かれるだろうがな。」
「それは、しょうがない、だよな。」
「西村に恋人でもできれば変わるとは思うけどな。」
そのお気があれば、智ちゃんならすぐできるだろう。
「さて、それはそれとしてだ。昨日の美人の話もだが、他にも聞いていることが、静海ちゃんとの話でずれが見えるんだよな。ちょっと話をしようか。」
慎吾が気持ち悪い笑みを浮かべて俺を見た。
「そうだよ、お兄ちゃん。」
静海も同調した。




