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第55話 柊夏帆と宍倉彩音 Ⅲ

 白石君と付き合ってるの?


 カホ先輩の投げかけた言葉が、私の胸の奥をえぐってくる。


 あの、地下鉄の中での言葉を、見ないようにしていた私の心が、荒れ狂いそうになる。


 すべて、トータルで考えれば嫌われてはいない。

 というより好感を感じる。


 でも言葉自体は、私の想いを伝える前に拒否されたようなものだ。


 カホ先輩からの質問の答えは実に簡単だ。


「いえ、私と光人君は付き合っていません。」


 間違っていない。

 カホ先輩のように秘密にしているわけではない。


「でも、仲はいいよね。彩ちゃんと白石君。」


 カホ先輩が意地悪をしているわけではないことは解っていた。


 そう仲はいい。

 大事な人だとも言ってくれている。

 それでも…。


「なんか、振られちゃったんですよね、私…。」


 そう自虐的に先輩に伝えた。

 言外に、これ以上そのことに触れないでほしいという想いを込めて。


「そうは見えないけど…。見ている限り、白石君は彩ちゃんを大切にしていると思うけど。」


 全くその通りだと思う。

 というか、私から光人君に絡んでいるような気がしなくもない。


 そう、大事にしたいと…。


 何故だろう、心が苦しくなる。


 その時、カホ先輩が私の顔を覗き込んできた。

 そうだった。

 私は表情に出やすいんだった。


 誤魔化そうとしたが、目頭が熱くなっいる。


 ヤバイ!涙が零れそうだ。


「彩ちゃん、ちょっといい?そこの教室、今は誰もいないみたいだから、そこで少し休もう。」


 そう言って先輩が私の腕を掴んで、近くの教室に連れて行ってくれた。


 廊下で泣くと、また誰かに見られるかもしれない。

 カホ先輩の優しさが私のひび割れそうな心に暖かな息吹を運んでくれたようだ。


「ほら少し座って、落ち着こう。」


 先輩に半ば強引に、誰かの席に座らせられた。


「白石君と、ううん、光人君と何かあった?」


 別に言い直さなくても誰もその言い方で、妹の静海ちゃんとは間違えないよ、と心の中で突っ込んでおいた。

 この状況で言葉にはできない。


「た、大したことじゃありません。遠回しに振られたっていうか…。」


 そう言った瞬間に、一粒の涙が零れたことがわかった。


「大したことでしょう、彩ちゃんにとっては。というか、振られた?彩ちゃんが?光人君に?」


 疑問符を付けた単語を並べられた。

 そして、少しの間があった。

 何かを考えてる感じ。


 ふと気づくと、カホ先輩が自分のハンカチを私の顔に近づけていた。


 目に溢れている涙をそのハンカチに吸い込ませるように拭いてくれる。


 微かに、ラベンダーの香りがした。


 高ぶっていた感情が不思議と落ち着いてきた。


「光人君があなたを傷つけるようなことをするとは思えないんだけど…。なんて、ただの慰めにしか聞こえないよね、私の言葉なんかじゃ。」


 カホ先輩の方に顔を向けた。

 揺らぐ髪の毛の中から同じ色の瞳が私を優しげに見つめている。


「私は光人君のお父さん、白石影人さんに従弟を助けてもらっただけで、光人君自身のことはほとんど知らない。そんな私だから、光人君は私にまだ距離を置いてることも知っている。でも、私が見た限りだけど、いつも彩ちゃんを守ろうとしている気がするんだよね。」


 カホ先輩には私と光人君がそんな風に映っているんだ。


 あまり自分が光人君にどう思われているかは考えてはいても、周りから自分たちがどうみられているか、考えたこともなかった。


「そんな光人君が、あなたを悲しませるようなことを言うとは思えないんだけど。よかったら、なんて言われたか、聞かせてもらっても、いい?」


 ハンカチを私の手に握らせながら、先輩が柔らかな口調で私に尋ねてきた。


 そう言われた瞬間から、地下鉄での会話を思い出す。


 また涙が溢れそうになってきて、目元を今先輩に渡されたハンカチで拭う。


「光人君に家まで送ってもらう前に、光人君の幼馴染でもあるクラスメイトの西村智子さんに、何故私が光人君に送ってもらわなければならないのかって、問い詰められたんです。」


 そして、私が過去の痴漢の被害のこと、そこから電車と男性が苦手になったこと、でもその苦手なものがなぜか光人君といると落ち着いていられることを先輩に説明した。


「その時に私が好意を持ってるって光人君に言ったら、この私の気持ちは自分を変えようとしてる環境の変化だって言われました。その時に横にいた光人君を気に入っただけだと。私がこれからもっといい方向に変わっていって、それでもこの気持ちが変わらなければ、その時に二人の関係をはじめようって。」


 自分で言っていて、あれっと思い始めていた。


「そして、最後に、私を大事にしてる、というようなことを言われました。光人君に言われたことが正確ではないと思いますが、こんな感じでした。」


 すでに私の涙は止まっていた。

 少し悲しい気持ちがあったこの時のことを考えないようにしていたけど、今思い出して、これってあの時自分が受けた意味と違うことに気付いていた。


「うん、さっきの男性が苦手っていう意味が分かったわ。彩ちゃんを見ている限り、男性が苦手っていう面は見られなかったからね。そばに光人君がいれば大丈夫なんだ、うん、寮かい。それで、その表情を見てると彩ちゃん自身が気づいてるよね、光人君の言った言葉の意味。さっきの遠回しに振られたっていう言葉は出てこないよね、光人君の言葉からは。」


 本当に私の顔は解りやすいようだ。

「そして、泣く理由もなくなった。きっと光人君も彩ちゃんが大好きってこと、間違いないよね。そんなこと聞いちゃうと、養護の芝波田先生じゃないけど、青春だなあ~って言っちゃいそう。」


「先輩、すでに言ってます。」


 てへって感じで、舌を出すカホ先輩。

 お茶目で可愛い人だ。


 私の心が少し軽くなった気がする。


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