第54話 柊先輩の彼氏
一緒に歩いていると少し私より高い柊先輩のダークブラウンの髪がさらさらとたなびき、私の頬を撫でる。
ふと横を見て、やっぱり綺麗なのだと感動とも嫉妬ともいえない変な感情が心を覆ってきた。
「柊先輩、斎藤会長が私にまだ話があるようなこと、言ってましたけど…。」
そう話しかけると、急に足を止めた。
「う~ん、やっぱりその言われ方、いやかも。」
先輩が足を止めたので、私も立ち止まり先輩に目を向けた。
ダークブラウンの髪が少し揺らめきながら、その髪と同じ色の瞳と言葉が、わかりやすく私を非難している。
それは解っているけど、言われ方。
では、なんといえばいいのかしら?
そのままその綺麗な瞳を見つめていた。
「カホ、って呼んでくれると嬉しいな。仲のいい友達はみんなそう呼んでくれてるんだよ。」
「そう言われても、私にとっては憧れの先輩ですし…。いきなり、そんな、馴れ馴れしくは…。」
と言ったけど、どうもそう簡単には許してくれそうもない雰囲気。
ちょっと迷って……。
ひどく怒ってるというわけではないけど、「不機嫌です」とその綺麗なお顔にマジックで書いたような吹き出しが滲み出ている。
「カホ…先輩、って呼んでもいいですか?」
精一杯の妥協というような感じでそう提案した。
一拍後、不機嫌な顔が破綻して、満面の笑顔が私に向かって放たれる。
その笑顔、卑怯ですよ、カホ先輩!同性の私でも惚れちゃいそうです。
ってことは、こんなことを光人君に向けられたら、妹から非モテ童貞陰キャ野郎なんて呼ばれてる人がこんな美少女満点笑顔を撃ち込まれたら……。
考えるだけで恐ろしい。
この美少女を極力、光人君から距離を取らせないと。
どんな理由で警戒心を持ってるかわからないけど、その警戒心が解かれるようなことがあったら、惚れないわけがない。
「それでね、私も彩ちゃんって呼びたいんだけどいい。」
人知れず苦悩する私の心にお構いなく、この天真爛漫に美少女を振りまいているカホ先輩が、耳慣れた呼び名の許可を求めてきた。
別に拒否する理由なんかないから、当然頷いた。
「はい、カホ先輩!全然OKです!」
「よかった~。なんか、さっきから変に考えこんでいそうで、断られたらどうしようかと思っちゃった~。」
こんな笑顔を向けられてこの人を嫌う人っているのかなあ~。
でも、小学生男子くらいのレベルの人だと、歓心を買うための嫌がらせってあるかも。
柊夏帆先輩はこれだけ綺麗なのに特進クラスで、生徒会の役員もやっている。
高嶺の花って言えばそれまでだけど、これだけの完璧な人の彼氏ってどんな人がなるんだろう。
そう考え会た時に、先輩の横に光人君が立っている姿が浮かんできた。
それが、あまりにも鮮やかで、凄く違和感のない状態で…。
思わず頭を振って、その想像を追い払った。
不思議と辺見先輩や、同級生の佐藤君の姿が浮かんでこなかった。
「だ、大丈夫、彩ちゃん。急に頭振ったりして…。もしかしたら、彩ちゃんって呼ばれるの、いや?」
「あっ、そういうことではないんです。モデルまでやってる、カホ先輩の彼氏になるような人ってどんな感じの人かなって、考えてたら…。」
ああ、こんなこと言っちゃだめだ。
「わ、私の恋人?」
「え、ええ、そうです。……、芸能人で考えてて、急にお笑いの草波って人の顔が出てきちゃったんですよ!」
「確か、かなりのネガティブ志向が売りの芸人さん、だよね?」
「はい、そのネガティブな人です。わりかし良く見るんで、…急にその人が先輩の横に立っている絵が浮かんじゃって…。あり得ないなっと。」
「それで頭を振ったっと。私、別に嫌いじゃないけど、その絵面は楽しいね!」
「楽しいですか?そういえば、カホ先輩って、今、付き合ってる人って、いるんですか?」
私は咄嗟のごまかしから、最大の関心ごとに話題を移した。
おかしくないよね、この話題のつなぎ。
「彼氏、私の……、う~ん。」
あれ、急に黙り込んだ?
この流れですぐ答えを返さないのは、いるんだろうか?
だと、少し安心…、いや、待って、まさか、……もう光人君と付き合ってるという可能性は……?
「ここだけの話にしてくれる?」
ここでオフレコってことは…。
「付き合ってる人、いるんだ。」
ああ、やっぱり。
でも、問題はその人が誰かということ。
「やっぱりそうなんですね。なんとなくそんな気がしてたんですけど…。ちなみに、その幸運なお相手の方って…。」
「それは秘密ってことで。」
胸がずきんと痛む。
まさか…。
「ああ、大丈夫だよ、彩ちゃん。私と同い年の男子だから。」
私の心は本当に表情に出てるみたい。先輩と同い年なら、光人君ではない。
よかった。
単純にそう思った。
そして、安心したせいか、同い年の男子という言い方に、興味がもたげてくる。
モデル関連での知り合いでは知りようがないが、私の知っているカホ先輩の同い年の男子。
「斎藤会長か大月副会長、のどちらかってことですね。」
完全にカマを掛けた。
「もう、どうしてそんなに鋭いの!」
やっぱり。
でも鋭いわけではない。
その二人しか知らなかったから。
「もう、バレちゃってるじゃない。変に広まると大月君に迷惑かかるから、本当のことを言うとね。この間会長から告白されて付き合うことになったんだ。秘密だからね。」
そう言って、少し腰を折って唇に人差し指を当てるポーズを取った。
あざとい!
女子の私でも惚れそうになっちゃう。
でも相手もはっきりして、私はかなりスッキリできた。
「それでね、彩ちゃん。実は聞きたかったことがあるんだけど…。」
と思っていたら、先輩が私に聞いてきた。
少し、間が開く。
これから告白でもする女子高校生みたいな雰囲気だけど…。
って、先輩は現役女子高生だった。
「彩ちゃんって、白石君と付き合ってるの?」
私の周りの空間が固まった。




