第41話 バス停まで
教室には俺たちを追ってあやねるもついてきて、一人で待ってるのもつまらなかったのか、柊先輩までついてきた。
教室4階なのに…。
「本当に多いよね、この教科書やら副教材。」
先輩の言葉に、3人が頷く。
「教科書は持って帰った方がいいけど、副教材は地下のロッカーに入れといて、使うときにとりに行った方がいいかな。でも、ここ4階だからちょっと考えちゃうよね。」
教室の後ろに簡易的な物入が各自に割り振られてるから、その日に必要なものを、朝にでも地下のロッカーから持ってくるということが一般的らしい。
こういったところはやっぱり優しい先輩がいてくれると助かる。
「今日のところはこんなもんかな。数日掛けて持ち帰れって先生も言ってたし。」
俺はそう言ってリュックに入るギリギリの物を入れた。
「柊先輩!明日、学力テストに絡んだ説明もかねての授業があるって聞いたんですけど、教科書っていりますか?」
「ああ、新入生は訳が分からないからってやつだよね。私たちの時はプリント配られて、大雑把な説明で終わったよ。基本は受験の時の内容だって言ってた気がするなあ~。」
「確か、岡崎先生もそんなこと言ってたね。」
あやねるがそう同意してきた。
「うん。1年生はそんなに気にしなくてもいいと思うよ。先生たちはこの学力テストが日照大への受験だ、なんて言ってるけどね。」
「そうでしたね。入学説明会の時にそんなこと、言ってた気がするな。」
「わざわざ付属校に入ったんだから大抵の人はそう考えるんじゃない?」
あやねるも普通にそう考えてるんだろうな。
俺はできれば国立大学に行きたい気持ちがあるけど…。
「先輩は、さっき国立大学志望って言ってましたけど、日照大は考えていないんですか?」
「特進クラスの先生たちは、難関大学に一人でも多く入れなきゃいけないって感じだからね。洗脳されちゃうかな。」
「そういうもんですか。」
「やりたいこと、夢なんか持って努力してる人はその限りではないけどね。」
そこまで真剣に将来のことを考えてる高校生って、結構いるもんなのかな。
全く今の俺には将来的な展望ってやつがない。
(やっぱりそういうもんか…。父さんは悲しいよ)
(急に悲哀のこもった声で語り掛けないでくれるか?)
(私は小学2年の時には研究者になりたい、って考えていたんだけどな)
(うるさい!)
「OK。俺もこんなもんかな。宍倉さんも準備できた?」
「なんとか。さっき教科書貰いに行った時も重いと感じたけど、本当に多いね、教材。」
全くだよ。年々多くなっていないかい、これ。
「まったく。」
すでに教室の中でへこたれ始めてる俺たち3人を見て、柊先輩がクスッと笑った。
「思い出すな、自分の1年の頃。この教材の重い事、重いこと。結局3分の1は生徒会室に置いちゃったもんね。」
ああ、部活の人間はそういう手が使えるってことか!
そんなことを考えながら自分の荷物を背負う。
さらに荷物を持とうとしたあやねるのバッグに手を掛けた。
「えっ?」
あやねるの驚きの声を無視してそのバッグを持ち上げた。
お、重い。
思ってた重さを越えていた。
が、もう引くことはできない。
「だ、だめだよ、そんな…。重いよ?」
「ああ、だから持ってるんだけど?」
あやねるの問いかけに平然を装い左手に持ち替え、あやねるから遠ざけた。
その様子に景樹が「ふ~ン、やるじゃん」と 呟いた。
柊先輩の綺麗な瞳が大きく開かれ、そして、「おお~」とらしくない声を出した。
そんなに驚くことかな。
気になる女子に、こんな重い荷物は持たせられないよ。
とはいえ、今日は駅までだけど…。
「じゃあ、行こうぜ。」
半分は自分に言い聞かせた。
でないと、挫けそうだったから。
(うん、女の子の荷物を持つのは鉄板だな。でも、格好つけたなら、最後までやり通さないと、本当に格好悪い事態になる)
(わかってるよ、親父)
「い、いいの、光人君。」
「大丈夫、大丈夫。」
しかし、なんて重いんだこのバッグ!
まず下駄箱まで、一息で頑張る。
そしていったん荷物を置いて、靴を履き替える間に人知れず休憩。
体力が落ちていることを痛感した。
景樹がこちらを見てシニカルな笑みを浮かべてやがる。
うるさい!
あっち行ってろ!
「光人君、大変なら無理しなくていいよ?」
「ああ、大丈夫だよ、あやねる。この重さは凄いけど、か弱い女の子に持たせられんからね。」
いかん、少し親父臭い言葉が口から出ちまった。
自分に喝を入れてあやねるのバッグを持ち上げて、バスの停留所まで平然としてるようにして、雑談をしつつ急ぐ。
「おい、光人!ちょっと足早くなってるぞ。もう少し余裕を見せようぜ。」
景樹が揶揄って来ているが、今はそれどころではない。
そんな俺に心配そうな顔を見せるあやねると、微笑ましい風景を見てるような柊先輩。
ウン、ボクハオトコノコ。スキナコノタメニガンバル。
「無理してなんぼだからな、男の子は、さ。」
ああ、これは俺を揶揄ってるというより、あやねるに対する俺のアピールか!
こういうところがイケメンなんだな、景樹って
バス停について、慎重にあやねるのバッグを下ろした。
あやねるに気付かれないように景樹の方を向いて大きく息を吐いた。
「よし、よく頑張ったな、光人。そういうとこ、女子にはポイント高いからな。」
「ああ、覚えておくとするよ、景樹先生。」
景樹のからかいにも好反応するしかできない自分が少し情けなくなった。
これは本気で運動系の部活に入るべきだろうか?
主に体力増強を目的として。
(何かあった時に、好きな女の子を守るという考えは大事だな。今のところ、バイトはしなくても大丈夫だぞ、光人)
(それは解ってるけど、男親がなくなって、俺が少しは頑張らんと行けないとは思ってるんだよ。そこは解ってくれ、親父)
(バイトの種類にもよるけどな。体を壊しては元も子もない。そのためにお前の体を少しばかり使って、最低限、お前たちが大学を出るくらいの金額を確保したんだ。そこのところを考えといてくれよ)
(了解)
「やっぱり、男の子だよね、白石君。彩ちゃんのために頑張ってるんだかっら。」
「でも、私のために無理しないでね。」
優しい声を俺にかけってくる女子の方々とは別に、景樹はにやにやが止まらない。




