第36話 文芸部への勧誘 Ⅰ
「その後、話はまとまって、まず、今まで描いてきた作品を大田原さんに見てもらって、そのうちの3点ほど、アドバイスを受けたの。そのうちの一つがこの海の絵。」
「これは「空の先の世界」っていう文学作品をイメージして作ったんだっけ。」
「よく覚えてるね、有坂。そう、好きな小説の一つなんだけど…。こんなシーンはその小説には出てこないんだけど、主人公が想いを寄せる少女が自分のいた世界に戻るシーンがあって、そこから自分の中にイメージが湧いた作品。」
自分の子供の小さいころを語る母親のようなイメージが、今の日向さんの表情に重なる。穏やかなほほ笑み。
「えっ、でも、そのイラスト、ラノベの挿絵にあるって言ってたよね。」
「そうだよ。このイラストがコンテストで入賞して、大田原さんのはからいでね。あるラノベのイメージにぴったりってことで、使ってもらった。それが「あの日の君は俺を忘れてる」。でも白黒だったから、自分的にはちょっと不満が残る。」
もう一度その作品を見た。
さっきも感じた色のコントラストに、その不思議な少女に向かって行くような船が、絶対にその少女に触れることができないという焦燥感を感じた。
さっきは綺麗な海と入道雲に強調された夏を感じたのだが、今は届かない想いが、切なさが沸き上がってきた。
こういう多層的に見えるイラストは、やっぱり心に残るんだろう。
「そうだよね。この色の世界は、白黒の絵とはまた別の作品だもんな。」
その言葉に、日向さんがハッとして俺を見つめた。
なぜそんな顔で見られるのかわからない。
先程の日向さん自身が言った言葉を言い換えただけだと思うんだけど。
「大田原さんが、この絵をモノトーンの形で使えなくて申し訳ないって誤ってくれた時に、そういう言葉を私にかけてくれたの…。」
ああ、きっと、その時にこのクールに見える日向さんが涙を見せたんだろうな。
別に今泣いているわけではなかった。
でもその表情は、その当時のことを思い出していることがわかった。
「やっぱり、光人は女たらしなんだな。」
よっぽど自分の方が女たらしの爽やかイケメン野郎が、そう言って俺を見てきた。
「まったくだ。光人は無自覚に女に優しい言葉をかけるから、おかしなことになる。」
すっかり名前呼びが定着したギャル先輩が怒ったようにそう言って、景樹に同調した。
「だ、大丈夫だよ、有坂。私は白石君に惚れたりしないから。」
うーん、何でそう言う話になるんだろう。
不思議だ。
明らかに宇宙人を見る目で、須藤が俺を凝視している。
「そうだね、光人君。君、少し慎んだ方がいいよ。」
知らないうちに大塚部長まで俺の下の名を呼んできた。
そんなに仲良くなった気がしないんですけど。
「あ、話を続けるよ。」
少しぎくしゃくした雰囲気の中、日向さんが告げた。
「コンテストで結果を出したことから、大田原さんが直接両親に話をしてくれた。それで、学業に支障のない範囲でイラストを描き続けることを許してもらったの。でも、それと同時に高校を辞めるという説得も大田原さんがしてくれて…。」
「えっ、どういうこと、だ?」
景樹が口をはさんできた。
そうだった。
景樹は知らなかったんだっけ。
「そうだね、佐藤君は知らなかったよね。私はこの有坂と小学校で同じクラスだったの。」
この日向さんの言葉に、景樹が目を見開くようにして驚いた。
「先輩と同級生って…。」
「結果的には、中学受験で受かっていた学校を高1で辞めた。有坂がいるという単純な理由でこの高校を受験して受かって、今、ここにいる。もっとも、落ちても私自身はどうでもよかった。美術系の大学には行きたかったから高卒認定の試験を受けてもよかったし、通信で高校の単位を取る方法もあったしね。」
淡々と自分のことを語る日向さんは、文句なく格好良かった。
ただ、景樹だけが口を開けて、呆然としていた。
高校の同級生が同い年とは限らない。
そのことは義務教育でないのだから知識としては知っている。
でも、普通はみな同い年が一般的で、俺たちはそう思い込んでいたのだから。
「そこまで打ち込めるものがあることは正直うらやましいよ。」
俺は小さく呟いた。
小さかったつもりだが、他の人たちには十分聞こえたらしい。
全員が俺を見た。
「ずっと思ってたんだけど、雅ちゃん、うちの文芸部、入らない?」
唐突に文芸部部長の肩書を持つ先輩が日向さんに向かって、聞いてきた。
いや、今の話の流れで、なんで勧誘になるんですか!
「光人君、そんな変な顔しないで。今から説明するから。」
お茶目にウインクして部長は続ける。
「変に帰宅部だとさ、ややこしく勧誘する奴らがいるんだよ。特に雅ちゃん、背が高いから、運動部とか、背筋がいいから演劇部辺りが黙ってないと思うんだよね。で、とりあえずこの文芸部に入っとけば、かなりそう言ったの、回避できるんじゃないかな。」
「でも、幽霊部員を叩き出したギャル…、ゆみ先輩が幽霊部員とか、一応ダメでしょう?去年それで叩き出しといて、今年友達だからって幽霊部員を認めるってのは…。」
俺はちょっと、その話の無理筋を確かめてみる。
しかし、この日向さん捕まえて、雅ちゃんかあ。
「み、雅ちゃん、ですか……。」
ほら、言われた本人も2度目の雅ちゃん呼びに、顔が歪んでまっせ、部長。
「なんで幽霊部員の話が出るの?誰も幽霊部員にしようなんて思ってないよ?」
「でも、今の日向さんに小説書かせるのは…。」
「誰も雅ちゃんに小説書かせる気はないよ?」
「「ええ!」」
俺と須藤がびっくりして、変な声を出したのが重なった。
二重に恥ずかしい。
「当然だよ。部長には部員が描く小説のイラストを描かせる気だよ。な、詩織?」
「あっさりネタ晴らししやがって…。まあ、そういうこと。雅ちゃんには気に入った部員の小説に、さっきのブンちゃんのイラストを描いたようにしてくれれば、うちの冊子も文化祭での発表も、凄く色づくでしょう?」
私のアイデア、どうよってな感じのドヤ顔を俺に向け、さらに日向さんに向かいほほ笑んだ。