第33話 雅楽先生のイラスト
「ブン!感動するのはよくわかる。わかるけど、ちゃんと雅の作品に感想言ってやれ!その為の場なんだからな。」
ギャル先輩は須藤の心情は充分理解してるっぽいけど、それでも戦友の作品の感想を求めている。
といってもこの状態の須藤に感想を求めてもな。
俺ですら、ただ、「うまい、綺麗、凄い」の3拍子しか出ないもんなあ。
須藤に至っては、たぶん、言葉すら出ない。
仮にこの作品が、イラストレーター雅楽の作品と気づかなかったとしても、そんなに感想については変わらない気もするし。
「俺、よくわからないんだけど、その、日向さんは、本職の絵描きさん、って言うかプロってこと?」
小声で景樹が聞いてきた。そうだ、この中では景樹がかなり立ち位置的にフラット、公平な意見が言える気がする。
「うん、そこまで有名ではないけど、結構評価が高いイラストレーターだと思う。ラノベを齧る程度の俺でもわかるくらいに。」
「ラノベって?ごめん、話の腰折っちゃてるかも、だけど…。」
「ああ、そうか。最近ラノベって呼称で慣れてるけど…。ライトノベルって言って、小説の一分野。小説と区別する人もいるけど、比較的軽く読めるっていうんでライトってついてるんだ。このラノベっていう分野から漫画やアニメの原作になってることも多いんだよ。中二病って聞いたことある?」
「ああ、ある。本当の自分はこんなんじゃなくて、かっこよくて何でもできて、異性にもモテまくりって奴だろう?」
「うん、まあ、そんな感じ。中学2年生くらいがそう言った想像力が大きくなってるから付けられた名前らしい。昔ラジオのパーソナリティーやってた人が名付け親って言われてるらしいけど…。その中二病的な想像力を文章にした感じのものが多いから、結構ラノベ好き=ヲタクって言われてる。」
「うん、そこら辺は聞いたことがある気がしてきた。いまはそのヲタク趣味が結構広まってそれだけで責められることも少なくなってる気はするけどね。」
「でね、ラノベって、文章力、読ませる力も当然大きいんだけど、ほぼ必ず美少女たちが出てくる。その美少女を文章だけで読ませる作家さんも多いけど、そこにイラストレーターの方が素晴らしい美少女を描くんだよ。その相乗効果でさらにその作品が売れていく。内容が面白いことは前提だけど、そこに表紙や挿絵を描くイラストレーターの力が大きくなってる。雅楽先生みたいな人を神絵師なんて呼ぶ言葉も生まれるほどにね。この文章とイラストのセットがラノベの魅力でもあるんだ。」
「そのプロが今目の前にいるってわけか。」
「そう、それも結構腕のいいプロ。その人が自分の小説の一場面を描いてくれたんで、須藤が感極まってる。」
「なるほど。」
そういうことを小声で話してる横で須藤はまた泣いていた。
が、小声のつもりだったが、話の内容は駄々洩れだったようだ。
日向さんが、最初のイメージとはすっかり変わって、真っ赤な顔をして俯いてしまった。
ギャル先輩の視線はいまだ鋭いまま。
大塚先輩が何とも言えない困った表情をしている。
「光人はその天然の女殺しのセリフを何とかしろ!」
ギャル先輩がそんな言葉でさらに俺を刺してくる。
今の話の何処にそんな要素があるんだよ!と、心で叫んだ。
声を出せば10倍の言葉が返ってきそう。
「うん、そうだね。光人はその天然キャラ、変えた方がいいよ。」
あれ、一緒にお話をしてたはずの爽やかイケメン君まで、爽やかに俺を裏切ってきた。
「でも、有坂先輩、でしたよね。先輩も光人のこと、下の名で呼ぶんですか?」
さらに爽やかイケメン野郎は、俺を刺した刃をギャル先輩に向けた。
そういえば、白石とは呼ばれていたが、光人とは呼ばれてなかったような気がする。
須藤はすぐ、ブン、って呼んでたけど。
「いいだろう、そんな細かいこと!いくらイケメンでも、そういう細かいことをほじくってると、女からも男からも総スカンだぞ。」
ギャル先輩は慌てながらそんなことを言った。
でも、その言葉になれているのか、景樹は一切その言葉に反応しなかった。
「細かいこと、ですか?ふ~ン、そういうことなんですね、なるほど。」
「なんなんだよ、このイケメン野郎!何か意味ありげな言い方しやがって!いいたいことがあれば言えよ!」
「言ってもいいなら言いますけど。俺は全然困りませんから。でも、困るのは…。」
「やめときなよ、裕美。このイケメン君とでは分が悪すぎるって。あんたが言いたいなら止めないけど、それはこの場所で他人から言われることじゃないでしょう。」
景樹といがみ合っているギャル先輩に、大塚先輩がやんわりと割り込んできた。
その様子を俯きながら見ている日向さんと、やっと感激の涙が止まったような須藤。
何故かわからないけど、このいがみ合いの意味についてわかっていないのが、どうも俺だけらしい。
「ふん!」
鼻息荒くそう言うと、ギャル先輩は景樹から視線を外し、そっぽを向いた。
誰も俺にこの状況を説明してくれそうもないから、俺はテーブルの上に置かれた6枚の絵に視線を戻す。
なんかみんな仲良くていいけど、疎外感が半端ない。
俺、帰りたいとこだったけど、やはりこの6枚の絵に引き付けられていた。
少女の振り返る絵と中心に星の描かれている絵が「宇宙の片隅のちっちゃな話」の拍子と挿絵なのはわかった。
他の4枚がラノベの挿絵かどうかはわからない。
でも、食い入るように見つめた。
海の絵。水平線の向こうから入道雲が湧き出るような構図に、左側に船のへさきが書き込まれている。よく見ると少し小さく麦藁の帽子をかぶった長い髪の人物が中央の水平線を歩いているのがわかった。スカートが風に流されるようにしているところを見ると、やっぱり少女っぽい。その子が水平線を歩いてる感じは、現実にはあり得ないことだけど、なぜか心を温かくしてくれた。
山の絵。おそらく夏の風景。明るい空の色に山の形が影のように見える。手前には生い茂った木々の緑。その緑の木々の隙間から遥かな山の頂を見てるような雰囲気がある。なんとなくだけど油絵っぽいテイスト。
それとは正反対に無機質のビルたちに空が切り取られたような都会の絵。少し寒々しさが伺える。テーマがあるわけではないんだろうけど、田舎育ちの人が街に出てきて人の縁の薄さに凍えているようにも見える。
最後に水車小屋の絵。こちらはパステルカラーを多用した水彩画テイスト。どれもPCで作成しているようなので、本当の描き方ではないのだろうけど、いろいろ実験的に描かれているようだ。
気付いたら、日向さんを筆頭に真剣に見ていた俺に視線が集まっていた。
「えっと、なんでしょう?」
的外れにも、そう言ってしまった。
きっと日向さんは感想を聞きたかったに違いない。




