第296話 情報の共有
「佐藤君も一緒なんだ。散歩でもしてたの?」
あやねるさん、今の俺の状態見て、散歩という単語がよく出て来るね。
俺は完全に地面に腰を落として、懸命に周りの空気を吸っている。
その横の景樹は平然と女子二人に視線を向けた。
「おはよう、宍倉さん、鈴木さん。」
「うん、おはよう、佐藤君。で、佐藤君は散歩で、光人はダッシュを何本かやってたってことかな?」
景樹の挨拶に伊乃莉が合わせたのち、俺に嫌味な言葉を投げてきた。
「うっせえな、伊乃莉。現役のサッカー部員と走ってるだけでもえらいと思ってくれ。」
「う~ん、そう言われても…。そのサッカー部員があまりにも涼し気だから。二人とも別メニューだと思うよ、普通。」
何とか息を整えている俺に追撃をしてくる伊乃莉。
その後ろから、トットっと言う感じであやねるが俺の近くまで来てしゃがむ。
目線が俺と同じ高さになった。
「おはよう、光人君。結構汗かいてるよ。よかったらこのタオル使って。」
ピンクのタオルから柑橘系の香りがした。
「ありがと、あやねる。」
俺はそのままタオルを受け取り、顔の汗と首元の汗を拭う。
俺の顔の周りを柑橘系、レモンっぽい匂いが包んでいる。
あれ、こんなに拭ったら洗濯して返さないといけないのでは?
ふと伊乃莉と眼があった。
「あやねるの香りを嗅いで悦に入る光人って、変態だね。」
「おい、伊乃莉!いつあやねるの香りを楽しんだっていうんだよ!」
「えっ、今?」
冷たい目で俺を睨む伊乃莉の横に戻っていたあやねるが顔を真っ赤にしていた。
「あ~、そこ。朝からラブコメごっこをやらない。光人が俺についてこられただけでもえらいんだから。汗ぐらい吹かせてやれよ。」
「汗を拭きながらタオルの臭いを嗅いでる変態に、現実を見せただけよ、私は。」
「いえ、大丈夫です。新しいタオルだし、私の臭いはついていないはず、だから。」
恥ずかしそうに言うあやねるはやっぱり可愛い。
「ごめん、あやねる。これ洗って返すから。」
「ああ、別にいいよ、光人君の…ごにょごにょ。」
「ん?」
最後の方が聞き取れなかった。
だが、景樹と伊乃莉は聞き取れたようで呆れた顔を俺に向けてきた。
「ん、あ、ありがとうね。」
そう言いながら、やっと息が整い、俺は立ち上がった。
何故か、持っていたタオルを猛然とあやねるに奪われる。
まあ、確かにこのタオルはあやねるのものだけど…。
なんで?
景樹と伊乃莉が同時にため息をついていた。
「二人は散歩?」
景樹は俺たちの事を無視して伊乃莉に問いかけた。
「そんなとこ。クラス違うから、なかなか話できなかったから、昨日の事とか、ちょっと話してた。空気が東京と違って清々しいしね。」
そういえば二人は東京在住だった。
「なんか大変そうだね、そっちのクラスも。昨夜のロビーの噂は聞こえてきてるよ。まさか、君たちが関わってるとは思わなかったけど。」
「そうなんだよ。大江戸じゃないけど、こっちのクラスにもトラブルメーカーがいてね。」
両手を肩のあたりで開いた、やれやれと言うようなポーズで景樹が言った。
「大江戸のこと、聞いた?」
今度は俺に目を向けて伊乃莉が言った。
昨日の昼食時の事は聞こえてきてない。
大きなトラブルはないと思っていた。
「何も。いいことも悪いことも。ただ、大木さんが困り果てていろんな人に相談してたってことは、昨日分かったんだけど。何かやらかした?」
「それがね、光人。あやねるにもさっき言ったけど、結構頼りになったんだって。やっぱり食事の準備、してるらしい。」
ああ、それは本当に良かった。
塩入や山村さんの件があるから、ここで大江戸のことまで考えることは難しかった。
「カレーは本当に助かったって、みっちゃんが喜んでた。その後のミニオリエンテーリングは何かやりづらかったらしいけど、そのカレーの事とか他の料理の事を女子が聞いて、何とかやり通したらしいよ。」
俺は少しほっとして、あやねるを見た。
あやねるが満面の笑みで、俺を見ていた。




