第293話 本橋沙織 Ⅰ
私は背が低くて可愛い女子が嫌いだ。
これは、私の背が一般的な男子より高い、という劣等感の表れであることは、他人に指摘されなくてもわかっている。
自分に可愛げがない、という事もすべて背が高いせいである。
自分が中学時代に熱中し、この高校でも入部したバレーボールというスポーツにおいて、紛れもなく背が高いことはメリットだ。
だからこそ、弱いとはいえ中学でエースを張れたのも、自分の努力に加えて背の高さだ。
それでも、背の低い女子が、上目遣いで背の高い男子に高い場所にあるモノを取ってもらってるときなどは、背中に虫唾が走る。
自分には到底できない芸当である。
下手すれば中学では背の低い男子にすら、高い場所の掃除をお願いされた経験もあるくらいだ。
だからという訳ではないが、私よりは低いとはいえ、女子としては背の高い部類に入る山村咲良の企みに乗ったのは、そんな私のコンプレックス故である。
別に宍倉さんにも、付き合っているらしい白石という、いろんな意味で有名人の彼も憎しみがあるわけではない。
「女泣かせのクズ野郎」と言われてる白石にしても、直接的に私や近しい人が被害に遭ったわけではない。
男子からすれば、可愛い子や綺麗なお姉さんなんかと睦まじくやっていることを嫉妬することもあるだろう。
でも、私にとってはどうでもいい人である。
唯一宍倉彩音という女子が背がそれほど高くなくて、可愛いと思える子だったから。
ただそれだけで、山村咲良の悪意に乗ったのだ。
決して犯罪行為を起こそうという訳ではない。
よくある青春の1ページと言ってもいい、告白の機会を与えてあげるだけだ。
その告白をしたいという願いの最も籠った男子は山村咲良が用意した。
その男子にとっては渡りに船というところだろう。
だが、山村咲良も、そしてサポートしている私たちも悪意で手伝っているだけだ。
他の湯月玲子や、槍尾霧人、渡辺結弦が本当はどう思っているかは知らない。
ただ知っていることは、この私や山村咲良を合わせた5人がその男子、塩入海翔を快くは思ってはいないという事だ。
男子は、イケメンと言っていい見てくれの塩入が、単純に面白くないだろう。
山村咲良や湯月玲子がどういう感想を塩入に抱いているかは不明だが、うちのクラスの大半があまりいい気持ちは持っていない。
それは露骨に女子を値踏みしていることがわかるからだ。
さらに、彼の両親がどういう人かは知らないが、金持ちであることを暗にひけらかせている。
そんな奴に好意を持てと言うほうが無理がある。
とはいえ、この現実では、男は金さえあればいいという女性がいることも知っている。
顔が良くて金を持っていれば、性格は二の次なのだろう。
ただ、この班にはそういうものはいなかった。
みんながみんな、金持ちということは無いのだろうが、私立の高校に通える経済的なゆとりはあると見ていい。
であれば、自分の両親が裕福という背景はあまり用をなさない気がした。
宍倉彩音という女子は、何故かは不明だが、入学当時から白石光人に夢中だ。
そんなこと、ちょっと見ていれば分かる。
そしてそんな宍倉にちょっかいをかけ続けている塩入が煙たがられているのも、同じクラスにいれば嫌でもわかってしまう。
それに気づいていないのは塩入海翔本人くらいだろう。
だからこそ、そこに悪意が入り込む隙があった。
山村咲良はそういう隙を突くのが大好きな、性悪女だと、私は思っている。
この悪だくみが成功した時、宍倉彩音の壮絶に嫌がる姿と、絶望に追い込まれる塩入海翔の顔を楽しむことが出来る。
この計画の真骨頂は、悪意でなく塩入海翔に対する善意からと周りに思わせることが出来る点にある。
塩入が想っている女子、宍倉あかねへの愛の告白の環境を私たちが整えただけなのだから。
宍倉彩音に対する陰湿な嫌がらせとは誰も思わない。
そう、完璧な計画なのだ。




