第292話 渡辺結鉉 Ⅰ
最初に山村咲良さんが宍倉さんの事をちょっと悪く言ったのは意外だった。
僕はまだこの学校に友人と言える人がいない。
自分の席の前は女子だ。
昔から女子とは緊張してうまくしゃべれなかった。
今でも背が小さいが、中学までも低くて男子からはいじられ、女子からはまるでペット扱い。
だからと言って、強く言えるほどのメンタルもなかった。
高校に入って、積極的に友人を作るつもりだったが、渡辺という名字、そして前には女子のみ。
なかなか声を掛ける勇気は出なかった。
初日に前の弓削さんとその友達らしい人が話していた。
今ではそのうちの一人が同じクラスの西村智子さんだとはわかってる。
そんな中に男子が平気で入ってきた。
白石光人だ。
次の日には「女泣かせのクズ野郎」という侮蔑の二つ名が回ってきた。
その話を聞いた時に、僕は羨ましさと嫉妬を覚えた。
そんな感情が自分にあるとは思っていなかっただけに、衝撃だった。
その頃には前の女子、弓削さんとその友人の西村さんとは話せるくらいにはなってきた。
だから、西村智子さんの明るいキャラクターに惹かれ始めていたようだ。
僕とは真逆の活発な可愛い女の子。
でも、白石はそんな彼女の好意を踏みにじっているような気がした。
既に宍倉さんという彼女がいるらしい。
白石という男子に暗い心情を持ち始めたころに、この親睦旅行の計画を立てるための班での話し合いが始まった。
弓削さんも優しかったが、山村咲良さんは天使のような笑顔で僕に話しかけてきた。
こんなに綺麗な女子と話すことが無かった僕には、まるで夢の中にいるような気持だった。
白石がらみという噂のある高3の凄い美人、柊夏帆先輩を目の前にして、綺麗な人は本当に後光がさしているような気がしていたのだが、そんな美人が白石に頭を下げている光景は、僕に白石に対しての憎悪を加速させた気がした。
山村さんを柊先輩の下位互換だとか、劣化版だとかいう奴らがいるが、僕には山村さんの方が絶対に美しい人だと思っている。
そんな人が、宍倉さんを悪く言った。
違和感がないと言えば嘘になる。
それでも、あの白石と一緒にいる女子だ。
言いようのない不快な気持ちが沸き起こってきた。
弓削さんと、僕に普通に話しかけてきてくれる室伏が山村さんの言いように露骨に不機嫌な表情をした。
山村さんもすぐそれに気づいたのだろう。
話題をすぐに変えていた。
でも、その二人を除外して僕達5人が集まって「ある計画」について話し合いが行われることになった。
僕自身は人に対して悪意を持つことはあまりいい気はしない。
でも、白石に関しては、西村さんに対する態度に腹を立てていたし、宍倉さんがいるせいで西村さんが悲しむのなら、山村さんの計画に乗るのもいい案に思えた。
一番の気持ちは、山村さんの喜ぶ顔が見たいという一点であることは自覚している。
恋と呼ぶにはあまりにも山村さんが尊く思えて、まるで信者にでもなったような感じだ。
計画の肝でもある人物、塩入を連れてきたことは仕方ないと思う。
でも、この男のレベルの低さはひどかった。
今、僕はこの計画に乗ってしまったことを少し後悔し始めていた。




