第29話 日向さんの作品
文芸部にはすでに日向さんが来ていた。
当然と言えば当然だが、部長の大塚詩織先輩と副部長のギャル先輩こと、有坂裕美先輩もいた。
まだ須藤は部室の鍵を渡されてないから、他の先輩がいないと入ることができないそうだ。
なら、なおさらこの文芸部でない方がいいのでは?
「すいません、朝の話では白石だけの予定でしたが、友人の佐藤君も連れてきました。」
須藤が俺たちが入るとすぐにそう説明した。
「そんなこと、聞いてないんだけど!そんなイケメン、ナンパ目的以外にここに来るはずがない!」
相も変わらず、ギャル先輩の決めつけが酷い。
顔も赤くして、かなり怒っている感じ。
(うーん、あの顔の赤さは、怒ってるんじゃないと思うぞ、父さんとしては)
(ならどうして…。ああ、いきなり爽やかなイケメンに恥じらっちゃってる?照れて、それを隠すための暴言?ツンデレってやつですか、親父殿)
(照れ隠しは、確かに間違っちゃいないんだけど…。まあ、これも青春か)
(意味が解りません)
「先輩、いきなりそんなこと言うと部外者の二人、出て言っちゃいますよ?」
部外者の二人って、俺と景樹だよな。
あれ、日向さんは、もしかするともう文芸部員?
「そうだな。意味もなく異性を攻撃するなら、出て他で話をするしかないよな。須藤君、部外者は二人じゃない、3人だ。」
おお凛々しいな、本日の日向さんも。
でもやっぱり日向さんも部員ではない?
では、なおさらこの部室で日向さんの作品を見る意味が解らん。
「ああ、いや、そういうことではないんだ。ただ部活見学に来た男子がそんな感じが多かったから…。」
そうだね、いきなり追い出してたもんな。
そんなら俺たちも追い出されても文句は言えないわけだが…。
「その話はいい。今回は有坂にこの場を提供してもらったんだ。変に有坂が困らなければ、私は佐藤君に見てもらっても差し支えないんだが。今回はいつものおまけがいないんだ、問題ないだろう、有坂?」
「うーん、それはそうだけど…。」
二人がそんな会話してる中、景樹が俺の肩を指でつついてきた。
「なあ、光人。ギャル先輩は先輩だよな。何で日向さん、有坂って呼びつけ何だ?」
「ああ、それか。うーん、あとで本人に話していいか聞くよ。かなりプライベートなことだから。」
「わかった。」
二人で小声で話していたら、日向さんがこちらを向く。
「見てもらうのは全然かまわない。ただ、佐藤君がこの場にいるわけを説明してくれると嬉しいんだが。」
日向さんが俺を見て言う。
いや、俺ではなくて、この場合は須藤を見て、聞いてほしい。
大体が須藤と日向さんがこの文芸部の部室に俺を呼んだんだろう。
しかも、あやねるを切り離すようにして。
「この前さ、日向さん、俺と須藤にお礼を言ってくれたの、覚えてる?」
「それは当然覚えてる。友人の有坂の頑張りに拍手をしたとき、一緒に拍手をしてくれただろう。結構うれしかったし、心強かった。」
「そうその時、俺たちが3人でいたんだよ。」
「3人…。言われてみれば、白石君と須藤君が拍手してる横でもう一人いたような気が……、ああ、確かに佐藤君、いたな。こんなきれいな男子がいるんだと、自己紹介の時に感じてたっけ。一緒に拍手してくれていたんだね。ありがとう、佐藤君。」
日向さんがあの時のことを思い出して、何か言うごとに、明らかにギャル先輩の挙動がおかしくなってる。
これは俺にもわかった。
日向さんがナチュラルに口に出す言葉が、ギャル先輩の羞恥心を煽っているんだろう。
「その拍手、最初にしたのが景樹、佐藤なんだよ。」
普通に景樹呼びしたのでは、俺たち以外がわからない可能性に思いあたり、慌てて訂正する。
「「えっ!」」
日向さんとギャル先輩が同時に驚いた。
「俺と須藤に礼を言ってくれて、あの時に言っておけばよかったんだけど…。今日、佐藤と話すまですっかり忘れていて、ね。で、日向さんの作品を見せてくれるって言う話をしたら佐藤が興味を持ったみたいで。」
「そう。日向さんと喋るのはこれが初めてだけど、自己紹介の時の姿勢というか、自分という芯をしっかり持ってる人だとは思ってたんだよ。で、二人がこれから日向さんの作品を見せてもらうってなって。作品って言うだけで、どういったものかわからないんだけど、そこまでしっかりとした考えを持っている人が情熱を込めた者って、ただ単純に見たいって思ってしまって、ついて来たんだけど…、お邪魔だったら帰るよ。」
「ダメ!」
急に違う方向からストップがかかった。
大塚部長だった。
「裕美にしっかりとエールを送ってくれた人に、そんなことしちゃだめだよ!日向さんがさっきいいって言ったんだからさ。」
その大塚部長の言葉に、ギャル先輩の目が少し体温の下がった視線を向けた。
「詩織、そのイケメン趣味、ちょっと自重した方がいいよ。」
ああ、なるほど!
この大塚部長は爽やかイケメン、佐藤景樹に顔をもっと見ていたい、そういうことですか!
「やめてよ、裕美!わ、わたし、そんな下心なんて…、下心なんかないよ!」
「慌ててることがその言葉の信憑性をすんごく下げてるって自覚しなさい。で、私を応援してくれたイケメンってことは解りました。雅がいいって言うんなら雅が情熱を込めて作った作品を見てやって。」
大塚先輩の見事なミーハーぶりにすっかり本来のギャル先輩に戻って、俺たちにそう言った。
「そうね。今回、須藤君の小説にインスパイアされて、最後のとこ描いてみたんだよね。感想を聞きたいって思ってるから、是非見てほしい。」
日向さんはギャル先輩の方に微笑んで、俺たちにそう言って、頼んできた。
そんな中、大塚先輩が顔を赤らめつつ、懲りずに爽やかイケメンに視線を注いでいた。
「でもさ、俺、須藤の小説読んでないけど、いいの?」
「ああ、俺も読んでない。読まないで、その作品から受けるイメージを聞きたいって言われた。」
朝方、日向さんから言われた言葉を景樹に言うと、「ふーん」と呟いた。
「じゃあ、さっそく見てもらいたいんだけどいい?」
「ちょっと、いい?」
須藤が後ろの方にある棚に向かいかけた日向さんに声を掛けた。
「俺の作品の感想、聞いていいかな?」
少し、言いづらそうに言った。
この流れを止めるって、確かに勇気がいるよな。
「うん、わかってるよ。でも、先に感想話しちゃって、内容に触れると、わたしのえについて、感想が変わっちゃうかもしれないから、先に見せたいんだ。いいかな。」
ずっと、作品という言い方をしていたが、ここで絵を描いていることを、さらっと告げた。
本人は何も意識してないんだろうけど…。
「うん、わかった。僕も自分の小説がどういう風に描かれるか、楽しみだったんだ。特に最後のシーンについては、僕の中にビジョンが出来てる。僕が絵を描けるんなら、本当は自分で書きたいとこだったから。」
「それは責任重大だね。いいものが出来たとは思ってるけど、作者さんが気に入るかどうかは別問題だしね。」
日向さんは棚に立てかけてあった、円筒を持ってきた。
ふたを開け、中身を取り出す。
筒状に巻かれていた大きめの紙を広げた。
そこにはローアングルから、遠方に学校の校舎らしき建物に、今にも跳びそうな少年が描かれていた。
両脚が少し屈み、上半身が倒れて、そこに力が漲っているのがわかる。
その少年の右手にラノベでよく描かれる両刃の剣が握られていた。
その剣は白い蛇と黒い蛇が螺旋を描くように少年の手から剣先まで続いていた。
普段見ることが少ない生の絵に、ちょっと魂が震えている感じ。
こんなことは、かなり質のいい小説や映画を見た時の感動に似ていた。
「す、すごいね、日向さん。僕の想像以上だ。」
須藤の目が少し濡れていた。
ここで出てくる作品は「魔地」というタイトルで投稿してます。
もしよろしければ、そちらも読んでみてください。
「魔地」のURL : https://ncode.syosetu.com/n2642hs/




