第270話 須藤の事情
人がある程度いなくなったのを見計らって、俺はロビーにおいてある自販機でお茶のペットボトルを2つ買った。
すぐに須藤の元に戻る。
須藤は三角座りで落ち込んでいた。
「ほら、須藤。これでも飲んで落ち着け。」
ペットボトルの一つを渡す。
「ああ。」
そう言って受け取ると、すぐにキャップを開け、結構な勢いで飲み込んだ。
俺も同じものを少し口に含んで飲み込む。
さて、どこから聞こうか?
そう思っていたら、須藤が先に話し出した。
「さっき、白石なんかと別れて、ロビーに行ったんだ。当然、瀬良が心配だったって言うのが一番なんだが…。」
そう言うと、またお茶を飲む。
口の渇きが激しいのか?
緊張してたのは間違いないな。
「風呂を上がって、ロビーに近づいたところで、「きゃあ」っていう女子の声と、床に水が落ちたような音が聞こえたんだ。その声に聞き覚えがあって、慌ててその場に行ったら、来栖さんが倒れていて、眼鏡も落ちているのが目に入った。僕はすぐに駆け寄ったんだけど、そうしたらその場に来栖さんを見下ろしてる塩入がいた。」
ああ、そんな話を景樹がしていた。
「そして、僕が来栖さんの眼鏡を拾ってあげた。僕は塩入に向けて「謝れよ」って言ったんだけど…。「戦争の肩を持つ女」なんて発現を塩入がしてきたんだ。」
「景樹はその辺のところは説明してくれた。ただその「戦争の肩を持つ」っていう意味が解らん。」
「単純に来栖さんのお父さんが、自衛隊のパイロットっていう事だと思う。塩入にどんな思想があるか知らんが、自衛隊が嫌いだってことは分かった。ただ、来栖さんは父親の職業はそんなに人には語っていない。前の中学でも、そんな事でいじめにあったらしいから。」
「でも、須藤は知っていた。」
「うん、来栖さんから直接聞いていたからね。でも、そんなこと他の誰にも話してないんだ。なのに塩入が知っていた。そして塩入に喋ったのが僕なんじゃないかって、来栖さんが疑っている。僕はどうすればいいんだろう……。」
そう言って、さらにペットボトルのお茶を飲んだ。
少し咽たようだ。
「俺には何が起こっているかわからないけど、ちょっと気になったことがあるんだ。須藤さ、塩入が言ってた「美人の咲良に声掛けられた」って、どういう意味なんだ?」
俺の言葉に、須藤の目が泳いでいた。
あまり人に喋りたくない様子だ。
「山村さんの班があやねるにどうも、嫌がらせかなんかしかけてきそうだって言ったよな。さらに、その山村さんと塩入が一緒の所を見ているんだ。なんかやな予感がする。その状況の中で、山村さんの班員である湯月さんがあやねると親しくなった。さらに須藤が山村さんから声を掛けられているとすると、どうも作為を感じてしまうんだ。」
「そ、そうなのか?」
「何とも言えないけどな。山村咲良って子、なんか変なプライドを持ってる感じがする。塩入と一緒でね。ただ、それと来栖さんの一件、別々の事とは思えない。須藤さ、来栖さんと喋れてうれしい、みたいなこと、前に言ってたよな。」
「ああ、白石が宍倉さんを泣かせた日のことな。」
「それはいいよ。その後もよく話したりしたのか?」
「まあ、何回か。」
その何回かの内に来栖さんの父親の話を聞いたのだろう。
その時に周りに人はいなかったのか?
「そう言った時に、周りで聞き耳を立てている人っていなかったのか?」
「どうだったかな…。あまり人のいないときに話してたんだよな。特に自衛隊の話の時は、来栖さんは周りに人のいないことを確認して、声も小さかったんだとな。」
「と言うと、また別のときか、う~ん。」
やはりこの誤解を解くためには来栖さん本人に聞くしかないんだろうな。
どうしたものか。
「こんなとこにいたのか、光人。須藤もちょうどいい。ちょっとこっちに来てくれ。」
景樹が階段の上から見下ろすようにして、そう声を掛けてきた。




