第266話 今野さんへの報告
あやねるが食べ終わる前に今野さんが席を立とうとした。
つまりこれが、彼女の俺たちを二人きりにするという約束を果たそうとした感じだ。
が、今二人がここにいるのは今野さんに、景樹との約束を伝えるためである。
席を立たれては困るわけだ。
「ああ、瞳さん、ちょっと待ってもらえるかな。」
あやねるが今野さんに声をかけた。
振り返ったその顔はかなりの困惑の表情を浮かべていた。
明らかに、「せっかくの人の好意を無にするのか」という感じだ。
あやねるも、その表情に、一瞬声が出ない。
「景樹に話を通したよ。」
俺の言葉に、さらに困惑したみたいで、立ち去ろうとした足をこちらに向け、椅子に座りなおした。
「どうして?何を佐藤君に話したの?」
「その前に、景樹が今野さんから距離を取ろうとしてたこと、解ってた?」
今野さんの質問には答えず、逆に質問で返す。
交渉の場だったりすれば、すぐに「質問を質問で返す」という方法が、話をはぐらかせるためと思われるだろう。
但し、今回の俺の質問には、声を詰まらせている。
つまり、景樹の行動を認めたくはないとは思うが、解っているという事だろう。
「そ、そんなこと……。」
「わかっているだろう?景樹が距離を取ろうとしているのに、宍倉さんが、その二人だけの時間を作るのが難しいことを。」
黙ってしまった。
すでに学校にいる時からその傾向が見られた。
だからこそ、あやねるを巻き込もうとした。
別に景樹はあやねるとそれほど親しい訳ではない。
かなり慣れてきたとはいえ、あやねるの男性恐怖症は健在だ。
景樹と話せるのはその間に俺、白石光人という存在があるから、なのだ。
今野さんもそれをわからないわけがない。
というよりも、あやねるに頼むというのは、俺を通じて景樹を引き寄せられる可能性に賭けたのだろう。
だけれども、今野さんはあやねるを宥めるために、使ってはいけない手段を使った。
別に景樹は今野さんを嫌っていたわけではない。
ただ好意を前面に出されて、辟易していただけだった。
おそらく今野さんは瀬良の好意を知らない。
自分のことだけで精一杯なのだろう。
景樹が瀬良と特別親しいというわけではない。
だが、このところの細かい気づかいに気付いて、エロだけの男でないことを充分に知っていたのだ。
その瀬良を、知らなかったとはいえ、かなりひどい言葉を使った。
春休み中は、結構そんなじゃれ合いをしていたのかもしれない。
だけれども、今野さんに運命の男が現れたと言われ、みんなの前で好きな子から罵倒されたことに、景樹は憤慨していた。
その結果、いみじくも、今野さんは景樹との二人だけの時間を手に入れる結果になった。
但し、この時間は彼女が思っているような楽しいものではないことは確実だった。
「だから宍倉さんは景樹と仲のいい俺に相談してきた。この流れは、今野さん、君が期待したものだろう?」
「そ、そういう訳じゃ。」
「別に責めているわけではないんだ。ただ、僕と一緒にいる宍倉さんが、君を引き留めたのは、そう言う流れだよ。」
「そう、ね。確かに、そう言う期待もあった。」
「で、俺が景樹にその約束を取り付けられたよ。」
「えっ、本当?」
「ああ、風呂上がりに、1階の宿舎のロビーで待ってるってさ。よかったね、今野さん。」
俺のいい方は何処か、皮肉めいたものになっていた。




