第226話 バスの中にて Ⅴ
「さすがとしか言いようがないな、光人は。「女泣かせのクズ野郎」は健在か。」
景樹がニヤニヤしながら言ってきた。
すでにみんなが忘れているであろうその言葉をわざわざ使うとは。
というよりも、その女子中学生のくだりは知ってんじゃねえか。
「別に告白なんかされてねえよ。あやねるだって知ってるだろう?」
「フン。」
そう言って顔を逸らした。
とは言っても、神代さん経由でチケットが来たのは事実ではあるから、そう強くは否定できない。
「ああ、あの白石たちを呼びに来た子のことか?」
瀬良が気づいたように言った。
「まあ、うん、そう、あの子が神代さん。静海の友人だよ。」
「確かに可愛い、というか綺麗な子だったな。もっと成長したら「いい女」ってやつになる感じだな。なあ、須藤。」
完全に傍観者だった須藤が瀬良に振られて、びっくりして瀬良を見ていた。
「えっ、俺に聞くの、そんな事。陰キャな俺に?」
「自分で陰キャなんて言うこと自体、もう陰キャじゃねえよ。面白いな、須藤って。で、どうよ、白石の妹さんとその友人の神代って子。どっちがタイプなんだよ?」
おや、質問の意味が変わったな、瀬良。
「はっ、ちょっ、さっきと意味が変わってるぞ!」
「いいじゃねえかよ、こういう話もこの旅行での楽しみじゃん。」
エロ瀬良がその本領を発揮した。
「いや、その片方の女子の兄を目の前にしては…。いや、顔が怖いぞ、白石!」
「おお、本当だ。見たことのない顔だ。」
須藤の言葉に瀬良がのってきた。
えっ、俺、そんな顔してんの?
「なんか、静海ちゃんの方がブラコンかと思ったら、白石もしっかりとシスコンなんだな。何か安心した。」
景樹までそんなこと言ってきた。
というより安心って?つまり景樹はシスコン…。
「いや、俺はお前ほどのシスコンではないぞ。いいように使われてるだけだ。」
どうやら、最近の俺の顔は俺の心情をよく表してるようだ。
「そ、そんなことは無い。あんな暴言と態度で兄である俺を容赦なく叩きのめしてたやつに、シスコンになるわけないし。大体、この間まで俺をゴキブリを見るような眼で見てたやつだぜ。」
「この前までの話だろう。親父さんが亡くなった頃から変わったんじゃないか、静海ちゃんの態度って。」
「いや、それはそうだけど…。」
確かに自分のことを結構景樹には言ったけど、そこまで俺と静海の関係性に対して突っ込まなくてもいいんじゃないか?
「光人はシスコン。これは決定だな。で、シスコンお兄ちゃんは可愛い妹に悪い蟲が近づくことに危機感がある、ってことだ。須藤、静海ちゃんに惚れると厄介な兄が漏れなく付いてくるからな、気をつけろよ。」
景樹の煽りに、結構的を得てるために、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「べ、別にそんなこと考えてないよ、僕は。だから、白石はその怖い顔はやめてくれ。」
俺は照れ隠しで、さらに須藤を睨んでいた。
「確かに、白石の妹って、可愛かったな、うん。」
「いや、お前が言うとさすがに妹の身の危険を感じる。」
瀬良が同調したことに俺は危機感を持って、これはかなり真剣な口調で言った。
「ひでえな、白石はよお。」
そう言って笑った。
「いや、白石の意見に1票。」
冷静に須藤が言った。
「俺も光人に1票。」
「私も光人君に1票。」
須藤の言葉に景樹とあやねるが追従する。
さらに自分の座席に深く座っていたと思った今野さんも右手を上げていた。
「お前たち、俺を何だと思ってるんだよ!」
瀬良の不貞腐れた言葉に笑いが起こる。
だが、景樹の横の塩入はその輪には入ってこなかった。
「フン」というように窓の外を見ていた。
さて、一体何を考えているんだか…。
「なんで瞳ちゃんまで。」
「「「「えっ。」」」」
「ちょっと、その呼び方やめてって言ってるでしょう!」
意外だった。
何故にエロ瀬良が今野さんの下の名前を呼んだんだ?
この二人って、もしかして…。
と思っていたらどうやらあやねるもびっくりしたような顔をしていた。




