第22話 柊秋葉 Ⅰ
軽く勉強をするつもりが、やけにがっつり集中してしまった。
学力テストは高1の自分にとってはそれほど比重は大きくない。
高校入試程度の設問でもあるし、学力テスト向けに勉強というよりも、今後の予習がメインとなった。
特に特進クラスの生徒の頭に日照大進学という選択肢を持っている生徒は少ないと思う。
この学力テスト、1年生は参加する程度の意味しかないが、2年で1回、3年で2階のテスト結果を系列26校にものぼる高校の総勢1万人近くの順位が出る。
純粋に自分が今どのくらいの成績かは興味があった。
そして外部入学生である。
外部入学生と、自分たち内部進学者は勉強の範囲がすでに違う。
そのため、外部入学制向けに5月の中旬くらいまでは少し前に戻る形で講義が行われるようだ。
だが、かなりのスピードでこなすため、外部組は結構しんどいらしい。
それでも、外部組で特進に入ってくるくらいだ。
私たちよりも受験という関門を受けてきているのだ。
頭の悪いわけがない。
そう自分に言い聞かせて勉強をしていたら、もう夕食時になってしまった。
少し肩の力を抜いて、脇に置いてあったもう冷めた紅茶に手を伸ばした。
元々の内部組とは面識があったが、外部から来た生徒たちは見ただけで優秀そうに見える。
それに比べれば私たちはかなりのんきな雰囲気に見えたのではないだろうか。
今度の学力テストは、そんなまだよく知らない外部組の実力を見るにはうってつけだろう。
それに比べれば、進学組の外部生はかなり力が抜けている雰囲気があった。
といっても因縁めいた男子、白石光人しか知らないけど…。
確かに浅見家にとって、そしてわが柊家にとっても恩のある人の息子さんではある。
蓮君は白石光人君のお父さん、白石影人さんによって命を救われた。
一時的に失語症になった時もあったけど、お姉ちゃんのおかげで今はすっかり元気だ。
今日も蓮君のお母さん、浅見玲子叔母さんとうちに来て、一緒に遊んだ。
事故直後の人形のような雰囲気は跡形もなくなり、いつもの蓮君に戻っていた。
お姉ちゃんには微妙な距離を取っている気がしたけど…。
それよりも、お姉ちゃん、柊夏帆の方が変である。
事故直後から入学式頃まではいたたまれない雰囲気があったが、今は変な方向にテンションが高い。
理由は解っている。
白石光人君に会ってからだ。
懸命にうちの親戚はその事実を秘匿しようとしているが、すでに綻びが出ている。
お姉ちゃんが蓮君とあの事故現場にいたこと。
でも、お姉ちゃんはその事実を蓮君の恩人である白石家まで隠しておきたくなくて、岡林先輩に頼んで、秘密ということで白石光人君と妹の静海ちゃんにこの話を告げている。
ただ、白石君にはあまり響かない、というか知っていたような素振りではあった。
見た感じはあまり目立たないタイプ。
特に自分たちのグループが美少女と運動マンというような目立つ存在であることは自覚している。
でも、彼とは同じクラスであったとしても、話すことはほとんどないのではないか、と思わせる。
中途半端に伸びた髪の毛には何のケアをしていないことが簡単に読み取れる。
顔立ちまではよく見ていないが、良くも悪くもない感じ。
単純に言えば、存在感の薄い人のように見えた。
そんな相手に、お姉ちゃんはやけにご執心だ。
しかもそんな目立たないはずの男子が、ここ数日の話題によく上っている。
秋葉自身、スマホを多用するほうではない。
中学入学時に持たせてもらったスマホは今も健在だ。
だが、仲の良いグループのLIGNE以外だと、Dichetubeの勉強法の動画を見るくらいだ。
変な相手とIDの交換をしてしまうと後が大変だ。
だがそんな私のスマホにも白石光人の名が次々とアップされてくる。
入学式の生徒会役員の紹介の途中に倒れるなんてことをすれば、確かに時の人だ。
さらに、次の登校時に、可愛らしい女生徒を泣かせていた、となればどんな極悪人か見たくなるのも不思議ではなかった。
一気に拡散した。
その後も見た目はギャルっぽい恰好をしているけど、実は成績優秀という有坂先輩に、部活紹介の時に絡まれていた。
お姉ちゃんにしてからが、わざわざ1―G に校舎案内に行って、白石君と縁を繋げた。
私と違ってお姉ちゃんは積極的に人とのコミュニケーションを求めているみたいなところはある。
受験勉強や生徒会で忙しいはずなのに…。
お姉ちゃんは熱心に生徒会役員に白石君を誘っているけど、その生徒会会長と付き合い始めたのではないかしら?
確かそんなことをこぼしていた。
どうやらそれほど好きというわけではないようだけど…。
元々お姉ちゃんにはわからないことが多かった。
金銀妖瞳のことからいじめられていた頃、その兆候はあった。
何といえばいいのだろう?
自分に対する絶対の自信。
少し違う気がする。
専用のカラーコンタクトをしてから、どうすれば自分を魅せるという技術、態度を演じている。
そんな感じだろうか?
見た目が美しいことには自信があるはずだった。
同期の大島香音さんや一つ下の狩野瑠衣先輩と一緒にいても、自分が目立つことを充分理解しているようだし。
でも、その自信は、ほんの些細なことで崩れそうになることがある。
一番いい例が蓮君の事故だ。
あの事故の直後のお姉ちゃんは、全くの別人だった。
事故現場を見ているのだから、その凄惨さはひどかったのだろうと推測はできるものの、その場を見たわけではない自分には何も言うことはできない。
だがそのショックだけでなく、何か根底から揺さぶられるものがあったような気がしてならない。
10日以上、声を出さなかった蓮君がまた声を出し始めたころから、お姉ちゃん、柊夏帆は死んだような状態からやっと起きだしたみたいだった。
その隙をつく形で生徒会会長斎藤総司が告白して、付き合い始めたようだ。
ぶっちゃけ、倒れそうだったお姉ちゃんは、支えてくれる人を無意識に探していたんだと思う。
そしてそれは家族ではだめだったのだろう。
事故現場から無理やり引き剥がされ、意志とは関係なく、蚊帳の外にほっぽり出されたようなものだったから…。
そこに自分の罪を償うべき存在、白石光人が現れた。
お姉ちゃんを支えるのは人ではなく、自分の尊厳でなければならないのかもしれない。
そう考えると、白石光人君が少し不憫に思えてきた。
人としての好悪という感情ではなく、自らの尊厳を立て直す道具としてみているのではないだろうか。
うちの姉、柊夏帆が白石光人に固執する理由は。
どちらにしろ、今の私にはどうすることも出来ないし、何かしようとは思わない。
自分が今後の高校生活を楽しく送ることの方がより重要なのだ。
でも、と思う。
お姉ちゃんにしても、白石君にしても、破滅的なことにはならないでほしい。
そう考えていた。
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