第213話 塩入海翔 Ⅱ
すでに時間は夜の12時を回った。
興奮しているのが自分でもよくわかっている。
とうとうこの旅行の日が来たのだ。
本当は、この親睦旅行は行きたくはなかった。
入学して、自分好みの女子がすぐ後ろの席に見つけた時は、自分でも引くくらいにときめいてしまった。
さらにその声が自分の耳に届くと、恥ずかしいくらいの胸の高鳴りがあった。
だがその子はさらに後ろに座った陰キャの男と仲良くなり、殆どの時間、二人一緒にいるところを見る羽目になった。
屈辱だった。
こんなにいい男がいるのに、あんなダサい野郎に目が行くことすら信じられないのに、いつの間にか下の名で呼ぶような仲になっている。
親睦旅行で同じ班になったのだから、さすがに俺のことを見るようになるかと思ったのだが、一切俺を無視するような態度だ。
何人かの女子からは俺を見つめるような視線を感じていたが、不細工には興味がない。
不満を部活で晴らそうとしたが、そこには佐藤がいた。
少し顔がいいくらいなのに、この男は俺よりも女子の注目を受けている。
女子のマネージャーは先輩に3人ほどいるが、明らかに佐藤に対する対応は他の1年と比べて差があった。
さらに練習でもことごとく俺の上を行くような雰囲気をうまく先輩やコーチにアピールしていやがる。
本当にいけ好かないやつだ。
そいつも同じ旅行の班だ。
俺の方が佐藤や白石よりいい男なのは間違いないのに、周りのぼんくらはそのことが全くわかっていない。
おかしい。
中学ではあんなにもてはやされていたはずなのに、サッカー部を辞めた途端に運気が変わったようだった。
だから高校に入って、すぐにサッカー部に入った。
佐藤は確かにどこかであっているような気がしたが、部の大会で顔を知っていたことに気付いたのはあいつのドリブルの姿だった。
やたら人をなめた様なボールコントロールをしたときに思い出した。
こんな高校に来るんじゃなかったと思った。
それでも、俺と一緒にいる時間が長ければ、宍倉さん、俺好みの女子はきっと俺の良さに気付いてくれるはずだと思った。
だから面倒くさい学級委員なんてのに立候補したんだ。
どうも彼女は白石の野郎を誘っていたみたいだが、優しさの微塵もない自己中であることに気付き始めたことだろう。
もう少しすれば奴に愛想をつかして、俺を見てくれるはずだ。
だが、だからといって、旅行中、ずっと二人が一緒にいるところを見たくはなかった。
さすがに旅行までの期間が短すぎた。
ペットボトルロケットなんてもんには全く興味なんてなかったが、ちょっと知ってるなんて言ったら結構尊敬のまなざしってのを集めてしまった。
その時はいい気分だったが、興味のないことなんか調べることもしなかった。
まあ適当に流してたら、他のバカ真面目な陰キャの須藤が何とかしてくれるようで助かった。
あんな奴はこんなときじゃなきゃ使えないんだから、その場面を作った俺に感謝してもらいたいぜ。
旅行自体が憂鬱なことはその時には全く変わってなかった。
だが、山村咲良から声を掛けられて、話が変わった。
最初はこの俺に惚れて、旅行前に告白に来たのかと思った。
まあ、あの女は高慢なところはあるが、俺が連れて歩くには、ぎりぎり及第点のルックスだったから、少しくらいは付き合ってもいいかなとは思った。
話は全く違う内容だった。
この女が親切でこの話をしたわけではないことは、その顔を見れば一目瞭然だった。
だが、俺にとっても、そう悪い話ではない。
今まで俺がした事の無いものではあるが、それでも好条件ではあった。
山村の班の連中も協力してくれるらしい。
あいつらにどんなメリットがあるかはわからないが、俺の知ったことではない。
俺は、はやる気持ちと懸命に戦いながら、眠ろうとしていた。




