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第21話 塩入海翔 Ⅰ

 俺は「できる子」だ。


 そう、両親から言われて育った。


 実際に小学校では勉強も運動もできた。

 顔もイケメンだとよく言われた。


 クラスの女子からも何かあると「塩入君」「海翔くん」と高い声で言われて俺の周りに集まってきた。

 他の男子がそんな俺に嫉妬して、変な文句を言ったり、俺の周りに集まった女子に悪口を言ったりしていた。

 そういう時はその女子を守るように、絡んできた男子に注意もしたりした。


 うちの両親は航空会社に勤めている。両親とも務めているからうちはいわゆる裕福な環境にあり、それなりに俺に金をかけてくれていたようだ。


 地元のサッカークラブに入って、それなりの成績も収め、塾にも通っていた。

 小学校に入る前からピアノも習っている。


 うちの両親は子供が出来づらい体質だったようで、俺も不妊治療の末にやっとできた子供だったことはあとから親戚に嫌味っぽく言われた。

 その時に俺は少し納得がいった気がする。

 両親が結構な年だったからだ。


 うちの両親はいわゆる美男美女だと思う。

 そしてそれは周りからも言われていた。

 その言葉の後に必ず、「海翔くんもモテモテで、これから大変ね」と、褒められてるのか嫌味なのか判然としないことをよく言われてきた。


 それでも授業参観の時に、「ばばあがいる」という声に切れて、喧嘩になったこともあった。

 その男子はきっと嫉妬していたのだろう。

 どう考えてもうちの母親は実年齢から10歳は若く見えるのだから。


 だが、中学に上がると微妙に俺を見下す奴が増え始めてきた。


 塾に行くやつも周りに増え始め、運動も俺よりできる奴が出てきた。


 俺は中学入学と同時にサッカークラブをやめ、中学のサッカー部に入ることにした。

 サッカークラブの監督が代わり、俺をスタメンで使わなくなってきたのだ。

 明らかに俺の方がうまいのにもかかわらず、ずっと補欠の眼鏡野郎がレギュラーになった。

 ろくにドリブルで相手を抜けるわけでもなく、シュートを打つことも出来ないくせに…。


 だが奴が入ると、何故か他のメンバーの動きが良くなった。

 勝つことも多くなっていった。

 しかし奴は、ろくに点を取らないくせに、俺に対しても上から目線で、指示を出してきやがった。

 頭には来たが、その通りに動くと点が取れた。


 癪に障った。


 次の試合であいつの指示を無視して、単独で切り込み強引に点を取ってやった。

 にもかかわらず、監督はすぐに俺をチェンジしやがった。


 そんな監督に愛想がつき、クラブを辞めて、中学の部に入った。


 中学の部活はクラブに比べてレベルがかなり落ちていた。

 だが逆に俺の華麗な足さばきに皆が注目して、すごく気持ちがよかった。

 当然1年からレギュラーになった。


 だが勉強は芳しくなかった。


 中1の初めての定期テストは上位ではあったが、あとは下がるばかりだ。


 クラスでは女子が俺のところに集まっては来ていたが、2年に上がるとそういうことも減っていった。

 友人も多い方だと思っていたが、変な説教をする奴らも憶いて、辟易していた。


 そんな時だった。

 俺がうちの両親が航空会社に勤務していると言った。


 女子はキラキラした目で俺を見ていたが、いつも俺に寄って来てそんなときしか女子と口を利くことも出来ない陰キャ野郎が「海翔くんのお父さんって、パイロットなんだ。凄いね。」といってきた。


 俺はその言葉に少しイラっとした。


「ちがうよ。飛行機の整備をしてる。」


 その俺の言葉にその陰キャ野郎が、俺を馬鹿にしたような眼を向けた。


「なんだ、パイロットじゃなくて、ただの整備士かよ。」


 俺はその一言にキレた。


 気づいたら、その陰キャ野郎の顔を殴っていた。


 その後うちの母親が呼び出され、その陰キャ野郎に強引に謝らせられた。


 なんで俺が奴に謝らなきゃいけないのかわからない。


 その後家で事の次第を聞いた親父に、何故殴ったか聞かれたから、正直に言ってやった。


「親父がパイロットでなくて、ただの整備士なのが悪いんだろう!」


 初めて親父に殴られた。

 頭に来たから、その辺の物をぶちまけて家を飛び出した。


 結局、腹が減ったのと寒くなってきたので、母親が俺を探してきたことを言い口実にして家に帰った。

 一応、親父に謝るポーズだけはした。


 このことから、今でも親父とはぎくしゃくしているが、親父がパイロットだったらこんなことにならなかったんだ。

 親父が悪いんじゃないか。


 この後、学校では変な噂が流れていたようだが、そんな話が俺の耳に入ると、とりあえずそいつを睨みつけておいた。


 サッカー部は俺のおかげで、結構強いチームになってきていた。

 地区大会どまりだった部が、3年になった時、優勝して県大会に進んだ。


 俺はこの時も、周りにパスを出さずに切り込んで、強引に点を取りに行った。

 それでやっと勝ち進んでいた。


 2年の時にこの部のマネージャーとして入った後輩の女子に、県大会進出が決まった時に告白した。

 いつも熱い目で俺を見ていたので楽勝だと思った。

 だが、断ってきた。


 俺は荒れた。

 すでにその時のキャプテンをしていた、俺より下手な男子と付き合っていたのだ。


 県大会で俺をレギュラーから外した感時にもブチ切れて、さっさと部を辞めた。


 学力もひどく落ち込んでいたので、とりあえず勉強して、サッカー部での活躍も認められて、この日照大付属千歳高校に行くことになった。




 受験が終わり、いろいろたまっていたので、ちょっと頭の弱そうなクラスメートを誘って肉体関係を持った。


 向こうは当然のように初めてではなかった。


 俺もバカにされたくはなかった。

 相手がそんなにタイプではなかったが、思った以上に緊張し、さらに興奮して、あっさり童貞とばれてしまった。


 だがなぜか、「童貞の筆おろし」という言葉にそのギャルが悦に入ったようで、しばらく、その女と付き合った。

 といってもまともな交際ではなく、飯を食いに行ったらその女の住んでいるアパートに行き、行為に及んでいた。


 そのギャルの女子は母子家庭で、母親はパートと夜の仕事で生計を立てていると、少し寂しそうに言い、俺との行為に没入していたようだ。


 卒業式を迎えた時に俺はその女を振った。

 その女との行為には多少未練があったが、これ以上深入りする気もなかった。

 全くその子には愛情はわかなかった。


 別れを切り出すと、泣きわめくかと少し警戒したが、軽くため息をついて、「やっぱりあんたは噂通りの奴だね。」と、知ったような口ぶりで、言い捨てて背を向けた。


 その背中が泣いていたように感じたのは、単純に俺が肉体関係を持った女を初めて捨てたというような干渉を持ったからだろう。

 その女は、春から偏差値の低い工業高校に行くらしいが、男ばかりのところできっとヤリマンになるんだろうと思うと、俺には全く寂しさはわかなかった。


 中学時代の暴力行為はうまい具合に学校側が隠してくれたおかげで、私立の日照大付属千歳高校に行くことができた。

 ただ補欠扱いなのが気に入らなかった。

 高校側は俺の入学の条件にサッカー部の入部を求めてきた。


 去年の夏に不本意にも部を辞めざるを得なかったが、サッカーは好きだった。

 学校側の提示条件を喜んで受けると、卒業してすぐに高校の部活に参加することになった。


 一応上級生の中に、俺のような新入生がちらほらいた。


 それ自体はどうということはなかったのだが、入部の際の身体測定のような試験が課せられた。


 単純に新入生の技術を見る目的なのだろう。

 基礎的な体力の測定後、新入生に上級性が混じった形の練習試合が行われた。


 俺は中学の部活を辞めた後も、走り込みはしていたが、ボールを使う練習は一切していなかったので、多少まごついた。

 そこを上級生に突かれ、何度もドリブルで抜かれた。


 だが、何度目かにそれを阻止すると、以前の感覚が戻ってきた。

 前半よりも後半の方が体の切れが良かった。


 だが、そんな俺をあざ笑うように抜けていくやつがいた。


 ドリブルだけでなく、パスもしっかり通して、フェイントも織り交ぜて、俺だけでなく上級生たちも翻弄していた。


 同じ新入生のそいつは、佐藤景樹であった。


 新入生だけでなく味方の上級生も巧みに使って、点を稼いでいく。


 マンツーマンではこの高校のサッカー部で佐藤を止められる奴がいなかった。


 まあ、俺は体がなれていないからな、仕方ない。


 そんな風に自分を慰めていたら、佐藤から声を掛けてきた。

 俺よりかは落ちるが、顔は整っている方だろう。


 少しの間だが、サッカーについて話した。

 だが、話しながら佐藤とは何か違う気がしてきていた。

 佐藤の方もそう感じたのか、春休みでの部活ではそんなに話さなくなっていった。


 入学式前にクラスの発表があったが、まさか佐藤と同じクラスになるとは思わなかった。


「1年間よろしくな、塩入。」


 発表の後、笑みを浮かべて近づいてきた佐藤がそう俺に言ってきた。


 その笑顔に無性に腹が立ったが、懸命に胸に押し込み、「こちらこそ」とだけ返した。


 あんなキラキラした奴と同じクラスということに、憂鬱になった。


 だが、入学した日に俺の後ろの机に女子がいるのを見て、考えが変わった。


 俺のタイプの子だった。


 馬鹿にされることがわかっていたし、そういう奴をさんざん馬鹿にしてきた俺が、実は声優好きということがばれるわけにはいかなかった。


 だが、隠れて好きな声優のアニメを見ていた。

 特に佐倉綾音と水瀬いのりが大好きだった。


 その佐倉綾音にそっくりな女子が俺の後ろの席いた。


 運命だと思った。

 思ったのだが…。


 明らかに陰キャでコミュ障のような奴が宍倉さんを「あやねる」と呼びやがった。


 この時に俺から宍倉さんの顔は見れなかったが、きっと嫌な思いをしたことだろう。

 俺はその陰キャ野郎に一言言おうと思い、一歩踏み出したところで、宍倉さんはやけにそいつと親しくしゃべりだした。


 俺は初めて嫉妬というものを知った。

 その陰キャ野郎、白石光人に対して。



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