第206話 片身則夫 Ⅱ
今回の訪問は山上さんがメインになる。
この訪問は山上さんにとっては、非常に意味のあるものなのはわかっているが、私と、柏木にとってはただの調査に過ぎない。
だが、重要であることは我々も十分に承知していた。
白石影人さんとは数年一緒に研究したとはいえ、私は現場にいたわけではない。
研究所から上がってくるデーターに目を通し、その報告及びそれをもとにした指針を明示するのが主な仕事だ。
さらにその進捗状況や必要な環境を整えること、場合によってはこの結果から必要とされる法律の整備までをも考えねばならない。
だが、白石さんの否定的な意見、辞職と言う行動によって、一番有力視されたルートが潰れた。
その合成した化合物が栄科製薬だけでなく、白石さん個人との共同の特許だったのだ。
現在はその特許に触れない化合物で同等以上の成果を得る化合物を模索している最中だった。
すでに合成された化合物の評価のシステムは出来上がっているため、化合物を探せれば、次の段階に進むことが出来るはずなんだが。
うまく遺族に取り入れば、もしかしたらいま硬直しているこのプロジェクトも進む何らかの情報が入るのではないか?
野々宮課長や、班長である佐藤英雄教授はそれを期待しているようだ。
白石影人氏の遺族は普通の家族に見えた。
だが一時期dichTubeを騒がせた少年、白石光人。
どうも見た目のような15歳の少年にしては、父親の死後の行動は通常の成人がやるようなことだった。
まさかとは思うが、本当にこちらが想定したようなことが、現実に起こったのではないだろうか?
あり得ないと思われた、あのことが。
柏木はこのプロジェクトに参加して間もないから実感はないだろう。
だが山上さんは、私よりも理解しているのではないだろうか?
白石家を訪れての第一印象は普通の家。
だが私に対して光人少年は明らかに訝しげだった。
今回、自分たちの合同プロジェクトを説明する気はなかったため、全員栄科製薬の社員という事にした。
白石家の人々が細かい社員のことなど知るはずがないと判断したためだった。
だが、仮に、あの薬がその効果を発揮していたとしたら…。
その観点から光人少年を担当した。
別におかしなところがないとも思えるが、たびたび自分の琴線に引っかかる。
微妙なことだが、白石影人氏の死亡時の光人少年の行動について、本人がしたはずのことが、やけに曖昧な感じだった。
葬儀関連などでは、ある程度集中してなくとも周りの人間が何とかすると思うが、役所絡みのことや事故関連のこと、特に弁護士を雇う手腕は異様としか思えない。
簡単に言えば、同一人物とは思えないのだ。
少年の母親と妹を怒らせる結果にはなったが、どうやら私が赴いただけの結果は得られた気がする。
だが、もっと証拠が必要だ。
意外にも各種検査については快諾してくれた。
これは入学時の体調不良が影響しているようだ。
つまり、完全に効果が出ているというわけではない?
明らかに15歳の少年とは思えない発言と行動。
だが、母親が影人氏の突然死に焦燥していたという話は聞いている。
となれば責任感の強い者なら父親の人脈を使い、対応することも考えられる。
そう、何ともいえない。
少年を目の前にして、少し煽るようなことも言ってみたのだが、確証を得るところまではいってない。
自分が頻繁に少年に接触するわけにもいかないし、半年後の検査結果待ちというところだろうか?
だが、このサプリメントを回収できたことから、一度この化合物と効能の精査はしてみるべきかもしれない。
本当にこの化合物が想定通りの効果を示していたとしたら…。
ふとその後に起こることを夢想する。
白石光人に何かが起きたとして、あそこまでその兆候を隠せるのだろうか?
あのサプリメントと偽って行っている薬物服用による治験。
全く何が起きるかを伝えてなくて、それでいて想定されているような効果が起きたら、不安に駆られるのではないか?
そう、誰かに相談をしている可能性も考えるべきか?
だとすれば、一番可能性があるのは、家族だろう。
半年後か。
楽しみでもあり、少し怖いな。
帰りの電車の中、隣で資料に目を通す柏木を見ながら、私は今回の報告をどうまとめるか、考え始めていた。




