第205話 片身則夫 Ⅰ
現在、厚労省からの出向という事で、中央理化学研究所に「厚労省医療福祉係脳活性化研究班主任」と言う肩書で参加している。
中央理化学研究所からは「生物脳活動研究班」から、そしてこの脳神経伝達において画期的とも、詐欺的ともいえる現象を発見した栄科製薬からは「脳科学班」という部署からの出向となっている。
栄科製薬は当初、この発見を自社で開発しようとしていたらしい。
だがその初期の特許申請において、情報が政府上層部に通達され、結果的には、私企業のみで研究開発が出来ないという事実を栄科製薬側は了承、今回の産官学共同プロジェクトへとつながった。
産官学共同プロジェクト第2001n057号「脳神経特殊伝達研究班」は東央大学医学部佐藤英雄教授を班長として、東央大学医学部脳神経分子研究チーム、中央理化学研究所生物脳活動研究班、栄科製薬脳科学班、そして行政側である我々厚労省脳活性化研究班という組織から集められ、この中央理化学研究所第7研究棟の地下にある特殊研究所内でもう10年以上にわたり研究を行ってきた。
本来であればすでに一定の研究結果は出ていてもおかしくなかった。
この研究班発足後、順調にその結果を出してきていたのだが、ある人物の離職に伴い、研究のスピードが大きく遅れたのは否めない。
たかが地方国立大の博士号持ちであいかないにもかかわらず、その人物が抜けただけでこの研究自体が進まなくなるとは思わなかった。
マウス、ウサギ、犬と実験対象を変えながら、十分な成果が出ていた時に、ヒトに対して実験への道筋を考える最中に、その人物が明らかな拒否反応を示したのだ。
その議論において、否定的な発言を繰り返していたその人物は、辞職届を栄科製薬に提出。
結果的にはこの「脳神経特殊伝達研究班」からも自動的に外れることになった。
ここで行われているすべてについての秘匿はすでに契約事項に定められており、口外することは即多額な賠償金を支払う事になる。
当初、たかが民間の一研究員がいなくなることなど、この国のトップクラスの頭脳の中において、さしたる不都合があるとは思えなかった。
だが、現実には、ほとんどその進行が止まっているのだ。
実際に現段階で使用される化合物は全て栄科製薬に特許を抑えられてはいる。
この研究班での様々な実験には供給されてはいるが、その結果を自分の組織に持って反映されることは、厳重に禁止されている。
と言っても抜け道はあるため、10人を超える研究員にそういう意味で悲壮感はない。
どちらかと言えば私や、自分の上司である課長の野々宮紘一の方がプレッシャーを感じているほどだ。
研究内容がそのままチーム名になっているほどだ。
脳神経特殊伝達。
最初その話を伝えてきた経済産業省特許庁の同期からその荒唐無稽の話を持ち込まれたときに、その同期の男の頭を心配したほどだ。
激務過ぎて気が触れたのかと思った。
だが、上司の課長は違った。
その事実を他に漏れないように、関係機関に通達したほどだ。
そして恐ろしいスピードで、この研究班が立ち上がったのだ。
問題の人物に職務上知りえた情報を絶対に口外しないように、何個もの書類にサインさせた。
さらに、その本人が見つけた化合物を主体とした薬物、これを栄科製薬が売り出そうとするサプリメントという事にして、その家族にモニターになるように依頼をした。
ある意味ではこの行為が彼が辞めるきっかけになっていたのだが、この依頼はあっさり受諾した。
意外だった。
何故、この依頼を受けたのか?いまだ不明である。
その人物が不慮の交通事故で死亡した。
これに衝撃を受けた人物がいた。
栄科製薬から出向している山上晴久研究員であった。
彼はその人物の後輩にあたる。
親交もあった。
落ち込み方も酷いものだったが、すぐにでもその人物の家に訪れようとしていたが、野々宮課長がそれを止めた。
あまりにもマスコミでセンセーショナルな報道をされ、その場に行かせるわけにはいかなかったのである。
結果、今回、その人物、白石影人元研究員の死後2か月で訪れることになったのである。




