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第200話 静海の笑顔

 帰りの静海は完全に浮かれていた。

 帰りの電車の中、気持ち悪い笑みを浮かべて、俺の肩に頭をぐりぐり押し付けてきた。


 考えてみれば、俺に対する態度は別にして、いわゆるいい子だった。


 自分の我儘をそんなに両親に言っていたのを見たことはない。

 小学・中学と親の与えられる服なんかを着ていた。

 まあ、それは俺も一緒なんだけど。

 俺は一切そういうファッションに興味なかったし…。


 でも考えてみれば女の子は、中学生にもなればファッションに興味が行くものなのだろう。


 静海の中学の友人、神代麗愛を見れば、それは何となく想像がついた。

 彼女は静海に勝るとも劣らない美少女だ。

 普段、着ているものは解らないが、公開練習の前の顔は、しっかりとメイクが施されていた。

 これは練習とはいえ、公開されていることだから、おめかしをしたものだろうとは思う。

 だが、最初にあった時ですらうっすらとメイクをしていることは分かった。

 静海もリップクリームと保水目的の化粧水くらいはしていたが、それとは違う、化粧といっていい類のものだ。


 自分が通っていて言うのもなんだが、この日照大学付属高校中学は私立であり、経済的に裕福な生徒が大多数だ。

 うちの白石家も世間一般から言えば裕福な部類にはなると思うが、それでも、この学校では下の上くらいではないだろうか。


 景樹の実家は芸能事務所を運営している。

 あやねるの家は会計事務所を営んでいるが、どうやら土地持ちの資産家だ。

 伊乃莉に至ってはスーパー大安を運営する株式会社大安の社長令嬢と来たもんだ。

 まあ須藤文ちゃんのように新聞配達で学費を稼いでいる人間もいるわけではあるが…。


 静海が友人と遊びに行くときには、少しの劣等感を持っているのではないか?


 去年は俺のいじめ問題が尾を引いてる状態だった。

 そしてこの3か月くらい前に父親を事故で失い、哀しみもさることながら、静海なりに家計に対する経済的なゆとりがなくなってるという事をわきまえているのではないか?


 欲しいもの、買いたいものがあってもお袋に言えるわけがない。

 今は良好な状態になったが、俺に相談なんか出来る状態ではない。

 結局我慢しかなかった。


 この春、白石家はやっと少しは笑えるようになってきた。

 それでも、出来れば新しい服が欲しい、アクセサリーも買いたい、と思っていたとしても不思議はない。


 そんなことを考えていると、俺の横に座って数秒ごとに「エヘラ」と顔が崩れる妹に、もっと優しくしないといけないなと、兄貴としては思ってしまう。


 そうなんだ。

 この妹は俺をごみのように見ていたこともあったが、まだ13歳なんだ。

 大事な父親を失って、その小さい胸に寂しさと苦しみを押し込んでいるんだ。

 俺のように親父の声を聴くこともなく…。


 思わず俺の肩にグイグイ押し付けてくる頭をグシャグシャという感じで少し雑に撫でた。


「あっ。もう、何すんのよ~、お兄ちゃん!」


 俺の行為に少し拗ねたように俺を見上げ、そう言ってきた。

 言葉ほどには険はない。


「ごめんな、静海。本当は伊乃莉に払わせないで、俺が払えればよかったんだが…。」

「そんなことはないよ。でも、ごめんね、お兄ちゃん。こんなものを買ってもらう筋って、確かにないよね。」


 少ししゅんとした様子。


「まあ、静海の笑顔見ちゃったら、返してこいと強引にはいけなかったのは事実だけどな。伊乃莉も別に他意はないはずだ。純粋に静海に似合ってたんだろう、その服。」

「うん、伊乃莉さんの見立て、最っ高だった。早く帰って、お兄ちゃんにもお母さんにも見て欲しい。」


 どうしようもない愛おしい笑顔だった。


(悪いな、光人。私が生きていれば、もっよるなの笑顔を見せることが出来たのに)

(まあ、事故、というか人助けで死んだんだから、な。そこはどうしようもないよ。それに親父が俺の身体でいろいろやってくれて、静海が俺を見る目が変わったっていうのもあるだろうし)

(ああ、うん、そいうのもあるか)

(とりあえず、伊乃莉のとこでバイトしてこの借金はすぐ返済しないとな)

(だけど、光人。この件は舞子さんに言えばすぐにでも払うと思うぞ)

(たぶん、そうだろうけど…。でも、これは俺の労働の対価としての報酬から払いたい。静海に寂しい思いをさせてるのも事実だから。これは俺の矜持だと思って欲しい)

(なんか、ホント、光人は成長してんだな。お父さんとしては嬉しいよ)

(まあ、静海の笑顔が見られただけでも十分嬉しいんだよ、俺)

(本当にみんなのことをよろしく頼むよ、光人)

(ああ、頑張ってみる)


 俺は今も肩におでこを付けてニヤニヤ笑ってる静海をみた。


「あのね、お兄ちゃん。よくね、夢見てたんだ。こんな風にお洋服屋さんの紙バッグをいっぱい両手に抱えてお家に帰るの。今日はひょんなことから、こんなに買い物してもらっちゃったけどね、本当にうれしい。」

「今は流石に無理だけど、もっと大きくなったら、違うブランドのものの紙袋を持つようにさせてやるよ。」


 何の気なしに俺は言ってしまった。


「えっ、ホント!それ、絶対だからね‼約束だからね‼」


 えらい食いつき方をしてきた。


(お前はブランド品の値段知らんからそんなこと言えんだろうな。まあ、遠い将来の話だから、まあいいか)

(えっ、俺、なんかまずいこと言った?)

(余裕があれば、KAHOが載ってるファッション誌でも見てみろ。後学のためにもな)


 親父の冷淡な声と、目の前ですんごい喜んでる静海の顔に、眩暈がしそうになった。


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