第199話 静海の服 Ⅱ
「光人の言うことも分かる、わかるよ。というより、そっちが正しいことはよくわかってる。でもさ、女の子だもん。綺麗だったり、可愛かったりって、すんごく必要なんだよ!」
この期に至ってまだ言うか、こいつは。
しかも重要でなく、必要と言いやがった。
そりゃあ、女の子がそういうものを求めてることを否定する気はない。
それでも、それが静海が懸命に貯めたお小遣いで買ったというならいい。
だが、恵んでもらうものじゃあない!
というようなことを何度か言い聞かせている。
でも、伊乃莉はこういってまた堂々巡りなのだ。
こういう時、俺がすでに働いていて、少しでも金銭的に余裕があればいいんだが…。
静海も泣きそうだ。
俺の言ってることは充分わかってはいるのだろう。
それでも、伊乃莉の見立ての服が気に入ってることは、その雰囲気で解ってしまった。
今更それを見せに返すこともできないしな…。
「これを買ったのは確かに伊乃莉の自由意志だから、それについて文句は言えない。だから、こいつらは全部伊乃莉が持って帰ってくれ!」
「う、嘘~…。」
「私が持って帰ったってしょうがないでしょうが!サイズは静海ちゃんに合わせたんだから!」
静海の泣きそうな顔と、伊乃莉の悲痛な声が重なった。
「これはあくまでも伊乃莉が金を払って買ったもんだ。所有権は当然伊乃莉だろう。そして、うちの静海が貰う理由はない。お前がどう思おうが、恵んでもらうという事はうちを、白石家を馬鹿にしてるという行為と受け取るが?」
この言葉にはさすがに伊乃莉も堪えたようで、何かを言おうとしたが、結局黙ってしまった。
この服たちを伊乃莉が持って帰った場合に、俺は静海にたまに伊乃莉の家に行って借りる、という事を許すことはできるが…。
その場合、弟の悠馬と顔を合わせる機会が多くなり、ある意味二人のマッチングを考えている伊乃莉の思惑通りになる。
別にそれもありではあるが、なんか面白くない。
さらに俺の頭に巣食う奴が「反対‼」とがなっていた。
もっとも、この品を貰えば静海は伊乃莉に頭が上がらなくなる。
ある程度は伊乃莉の申し出を断りづらくなるはずだ。
さらに、欲しいものを値札も見ずに買える生活、なんてもんに憧れてしまうのは、教育上よろしいことではない。
「静海、解ってるのかお前?」
「へっ?」
今にも泣きそうな感じで俺を上目遣いに見てくる。
そういう目で男を見るんじゃない!
「ここでお前が伊乃莉から無償でこの商品を貰ってみろ。伊乃莉の頼みを断りづらくなるだろう?」
「それは……。」
なんとなく俺の言いたいことを察したようだ。
「この前から伊乃莉は弟の悠馬君をお前に進めてるのは解ってるよな。まあ、静海が悠馬君を憎からず思ってる分には問題ないんだが……。仮に、伊乃莉が悠馬君と二人っきりになるような申し出をして来たら、お前どうする?」
「あ、それ言っちゃダメ!」
伊乃莉が言った時にはもう遅かった。
その伊乃莉の言葉も、今、目の前にある商品を持ち帰る危うさを肯定していた。
「そ、そういう事か…。う~ん。」
ああ、それでも悩むのか……。
兄として、この妹の行く末が非常に心配だ。
(お、お父さんも心配だよお~、静海!変な話に乗っちゃだめだ……)
それでも、そこにある物資に目が離せないようだった。
さすがに、そんなに気にってるのなら……。
「なあ、伊乃莉。」
「うん?」
「夏のバイトの話、本格的になったら俺に話をまわしてくれないか?」
「ああ、それはもともとそのつもりだけど…。急にどうしたの?」
もう一度静海を見た。
静海はその商品たちが入った紙袋を見ていたが、俺が見ていることに気付いて俺に視線を向けてきた。
その瞳の中にうっすらと俺にお願いしてる雰囲気があるのは俺の気にし過ぎだろうか?
「その時のバイトで返すから、この静海のために見繕ってもらった服たちを譲ってもらっていいだろうか?」
俺には金がない。
そのバイト料にしても4か月以上先の話で、かなり俺にとって都合のいい話ではあった。
だが、断るようなら、この服たちは伊乃莉所有のままという事だ。
俺にとっては、どっちでもいい話。
伊乃莉も落としどころを考えてるはずだ。
「分かったわ。じゃあ、お金は光人に貸すという事で。いいわね、それで。」
俺は頷いた。
あやねるが慈愛に満ちた微笑みを湛えてる。
そして静海が俺に飛びついてきた。




