第198話 静海の服 Ⅰ
「お兄ちゃん、どうしよう~。」
俺の前に立つ静海が呆然とした顔で固まっていた。
俺が少しあやねると会話し、明日からの旅行に思いを馳せていた時である。
気付いたら静海がいた。
両手に紙袋を多量に抱えて…。
「えっ、えっ……?」
そのどうしていいかわからないまま、ベンチに座る俺を見下ろしている妹。
いや、ちょっと待て、最愛なる妹よ。
いくらファストファッションブランドとはいえ、お前にその多量の紙袋を抱える程の財力はないはずだ。よな、静海。
俺は言葉を発せず、目だけで妹を見上げて、思いを送った。
それに応えて、コクコク頷く静海。
「もう、ほんとに、静海ちゃん凄いねえ、光人。背も高いうえ、手足も長いんだもん。こういうとこの服でも着こなしちゃうなんて、他の女子から妬まれちゃうよ?ちゃんと守ってあげなよ!」
静海の後ろから、自分のカバンに財布をしまいながら、伊乃莉が最上の笑顔で現れた。
その瞬間、何が起こったかを正確に俺は理解した。
横に座るあやねるに顔を向けると、苦笑しながら頷いた。
「ああ~と、さ。伊乃莉さん?超お嬢様の鈴木伊乃莉様に、一つ伺いたいんだけども…。」
「そうだよ!あまりにも静海ちゃんのスタイルが良くてさ、マネキン張りにいろいろ着せてみたの。いやあ~、びっくりしたね。美少女だってのは充分理解してたんだけど、ここまでスタイルがいいとは。普通モデルさんが着てCM作ってるんだけど、そのイメージ通りになるなんてそうそうないよ。あまりのすばらしさに買ってあげちゃった!てへ♡」
開いた口がふさがらず、顎が外れたかと思った。
一流ブランドに比べれば、値段は安いかもしんないが、この静海の持ってる量!
あり得ないだろう。
横のあやねるから大きめのため息が聞こえてきた。
ああ、きっと、中学時代のあやねるにもこんなことをしたに違いない。
と言っても、宍倉家は都内に土地・家屋を結構持っている資産家のお嬢様だから、きっとすぐにでもご両親はその服などのかかった額をお返ししたと思われるが…。
「何考えてんだよ、このバカお嬢が!」
俺はベンチから立ち上がって、ちょっと周りから視線を浴びるくらいの大声を出してしまっていた。
モール内のハンバーガーショップにて。
4人の前にはハンバーガーとポテト、ドリンクのセットが置いてある。
ドリンクのストローからちびちびと中身のグレープジュースを飲んでいる静海の横に、多くの紙袋が2つ分の席を占めている。
「すいませんでした。」
伊乃莉が頭を下げてはいる。
その前に俺はとくとくと説教をしていた。
多分、半分は俺の脳内に居座る親父に言わされた言葉である。
確かに鈴木伊乃莉という少女は、スーパー大安という企業のお嬢様であり、その持っている金をどう使おうが、基本白石家には関係ない。
しかしながら、だからと言って妹の静海が、その両手に掴み入れないほどの服を買ってもらういわれはない。
同じ高校の学生という範囲であれば、いいとこ喫茶店で飯をおごってもらう程度が上限だろう。
買ったレシートを見せてもらったら5万円を少し超える程度ではあった。
あの物量から見れば、さすがファストファッションとは思うものの、高校生の買い物としては常軌を逸している。
しかもそれがプレゼントともなれば、説教の一つも言いたくなるってもんだ。
本来ならすべて返品したいところであったが、伊乃莉の泣きそうな顔はどうでもよかったが、静海の少し寂しそうな顔に、俺の頭の同居人が非常につらそうにしちまってるもんだから、この場所で説教となったのだ。
「光人の言うことも分かる、わかるよ。というより、そっちが正しいことはよくわかってる。でもさ、女の子だもん。綺麗だったり、可愛かったりって、すんごく必要なんだよ!」
この期に至ってまだ言うか、こいつは。
しかも重要でなく、必要と言いやがった。